your voice so sweet

 簡素なベッドへ横たわった瞬間、突然同調が繋がった。スピアヘッド戦隊の隊員たちは全員眠っているし、用があれば直接この部屋へ訪ねてくるはず。――その上、こんな時間に同調してくる人物は一人しかいない。
『……ノウゼン大尉、まだ起きていたのですね。すみません、少しだけお時間大丈夫ですか?』
「ええ。何でしょうか」
 知覚同調パラレイドを繋げてきた彼女こそまだ起きていたのかと思いながら、シンは淡々と問う。
『本日いただいた戦闘報告書で確認したいことがありまして。報告書の十二行目にある長距離砲兵型スコルピオンの動きについて――――』

 それから二、三質問に答えると、指揮管制官ハンドラーの少女が小さく息を吐きつつ微笑む気配がした。
『――ありがとうございます。これで分析が捗りそうです』
「いえ、これくらいは。……ですが、少佐ももう休んだ方がいいのでは。以前も言った通り助かってはいますが、睡眠時間を削ってまでやることではありません。あまり無理をしても、明日の管制に影響が出ます」
 それに、どことなく声に張りがない。無理をして起きているのだろうと思って、シンは眉を顰めた。
 けれどそんなシンの心情を余所に、レーナはふふ、と小さく笑う。
「……何か、おかしなことでも言いましたか?」
『いえ。……ノウゼン大尉は優しいのだな、と思って』
「…………」
 思ってもみなかったことを言われて、咄嗟に反応できなかった。そのまま言葉を詰まらせていると、柔らかな銀鈴の声が続く。
『ですが……。そうですね、ありがとうございます。大尉の言う通り、今日はもう休むことにします』
「ええ。そうしてください」
 すると、今度はレーナが何かを言いかけて口を噤む。迷っている気配が数秒だけ続いて、どこか遠慮がちな声が聞こえた。
『……実は、ここのところあまり寝付けなくて。今日も先ほど目が覚めてしまったのですが、……大尉の声を聞いていたら、少し安心できました』
「――――――――」
 どくどくと、脈が不自然な速さになる。シンは訳も分からず、タンクトップの上から心臓を掴んだ。それでも治まりそうにはないし、なんだか落ち着かない。
「――――少佐、」
 咄嗟に呼び掛けて、けれど次に言うべき言葉は見つからない。いったい何がしたくて呼んだのかも分からない。そんな逡巡をしていると、同調の向こうで『大尉?』と少女が不思議そうに瞬いた。
「…………いえ。また明日、よろしくお願いします」
『――はい! こちらこそ、よろしくお願いしますね』
 なんとか絞り出した言葉に、レーナは嬉しそうな声で応える。
『では、おやすみなさい。いい夢を』
「……おやすみなさい」
 同調が切れたと同時。シンはは――――、と長い息を吐き出した。月明かりだけが差し込む部屋で、古びた天井をぼんやり眺める。

 ――大尉の声を聞いていたら、安心できました

 柔らかくて、優しい声だった。普段の定時連絡では、あまり聞かないような。
 思い出したら、ようやく落ち着いた脈が何故かまた少し速くなった。このままではこちらが眠れなくなりそうで、シンはぎゅっと瞼を閉じてその上に腕を載せる。
 今日に限って〈レギオン〉の声が少し遠い。代わりに、自分の血液が流れる音がやけに耳に響いた。

end
2022.05.26 初出