one day in the rainy season

 バケツをひっくり返したような雨から逃げるように玄関ポーチへ飛び込む。制服はすっかり色が変わり、靴の中もぐちゃぐちゃだ。髪の先からはぽたぽたと絶え間なく重たい雫が落ち、足下に水溜りを作っている。
「っくしゅん! ……さすがに冷えるわね」
 暦の上ではとっくに夏になっているが、それでもこの時期の雨というのは遠慮なしに体温を奪って行く。
 風邪を引く前に早く屋敷に入ろうと、スカートの裾をできるだけ絞りわたしは玄関の扉を開ける。すると、
「そのままでは風邪を引く。風呂の準備はできているから、早く温まるといい」
 そんな声と共に、頭からバスタオルが被せられた。そのまま優しい手付きで、声の主はびしょ濡れになったわたしの髪の水分を吸い取る。
「あ、アーチャー? 何でこんなところにいるのよ」
「傘が置かれたままになっていたのでな。もしやと思って準備していたのだが、正解だったようだ」
 アーチャーは言いながら、顔まで覆っていたバスタオルを外しわたしの肩に掛けた。
 それでようやく、彼の顔を見ることができた。――外ではあまり見せない、呆れたような、困ったような表情。多分、わたしを心配してのものだろう。
 一応お礼を言おうと口を開きかけた時、アーチャーは何が可笑しいのかフッと笑みを零した。
「これはこれで、なかなか扇情的だな」
「な――っ!? い、いきなり何言いだ……っくしゅん!」
「すまない、戯れが過ぎたな」
 口ではそう言うが、その顔にあまり反省の色が見えないのは気のせいではない気がする。もう少し反省しろと視線だけで訴えると、アーチャーはやれやれと首を振った。
「まったく、困ったお嬢さんだな」
「どういう意味……わっ! ちょ、ちょっとアーチャー!」
 突然わたしの体がふわりと浮いた。反射的に太い首へ腕を回し落ちないようにぎゅっとしがみ付いてしまったが、これではアーチャーも濡れてしまうのではないのではないだろうか。しかし、彼にはわたしのそんな考えもお見通しらしく。
「この方が早く移動できるだろう。……ああ、私が濡れることに関しては心配いるまい。共に温まればいい話だからな」
 ニヤリ。文句はないだろう、と言わんばかりに鈍色の瞳にわたしを映す。
 ……文句がないワケがない。濡れてしまうという心配はしたけれど、服を着替えないといけなくなるという方面で気にしていただけだし。そもそも、アンタは温まらなくても風邪なんて引かないじゃない。
 さすがに一言……いや、二言ぐらいは言わせてもらおうとしたが、アーチャーの「ああ」という呟きに遮られる。
「大事なことを忘れていたな。――おかえり、凛」
「――――――」
 息が詰まりそうだった。
 アーチャーと一緒に暮らすようになって、今では当たり前のように「おかえり」「ただいま」と言葉を交わしている。けれどやっぱりこうして至近距離で、そんな優しい表情で言われると、少しくすぐったいような気分にもなる。
 さっきまでのコトがなんだかどうでもよくなってきて、わたしは緩んだ頬をそのままに、更にぎゅっとアーチャーに抱きついた。
「ただいま、アーチャー」

end
2020.12.07 初出