capture happy memories

「シン。あの、お願いがあるのですが」
 片手では数えきれなくなってきた、何度目かのレーナとのデート。隣街にあるカフェでコーヒーと紅茶を注文し、向かい合わせの席でひと休みしていた時に、突然レーナが改まって言った。
 先を促すように首を傾げると、レーナは真剣な表情で続きを口にする。
「その……い、一緒に写真を撮りませんか?」
 何事かと、シンは瞬いた。
「……いいけど、急にどうして?」
「シンと一緒に写真を撮ったことがないな、と思って。ずっと撮ってみたかったんです」
 たしかに、レーナと二人で――以前連邦軍の広報部に撮られていたものを除くが――写真を撮ったことがない。そもそも、シンに写真を撮るという習慣も発想もない。
 けれどレーナとの写真なら自分も少し欲しいし、後で見返して思い出にもなるだろう。――と、そんなことを考えられるようになったことが大きい変化だとは、シン自身は気づかない。
 しかしそれほど真剣にならなくても、とシンは苦笑した。写真を撮るくらい――というか、レーナのお願いであればよほどのことでもない限り断るという選択肢はないのだし。
「じゃあ、一緒に撮ろうか」
 言うと、レーナはぱあっと目を輝かせて、では早速、と席を立ってシンの隣に移動してきた。どうやらここで撮るらしい。
 何もそんなに急がなくてもいいのでは。お洒落な雰囲気のカフェではあるが、他にもっといい景色もあるのだし。
 思っている間にレーナの携帯端末のカメラが起動して、内カメラが二人を映した。
 あまりの顔の近さにどぎまぎしていると。
「では、撮りますね」
 三、二、一の合図の後、パシャリとシャッターが切られた。
 撮れました、と見せられた写真画像。そこに写ったレーナはふわりとした笑顔を見せているが。
「ふふ。シン、表情が固いです」
「……」
 ……それは、そうだろう。
 撮られ慣れていないから、まずどんな表情をすればいいのかわからない。笑顔で、と言われても、作り笑顔は苦手だ。
「レーナはどうやって笑っているんだ?」
 カメラのレンズという無機質なものに向かってこんなに綺麗な笑みを浮かべているのだから、何かやり方あるのだろうかという単純な疑問だったのだが。
 訊かれたレーナはうーん……と指先を顎に当てている。
「どうやって、というのは自分でも意識していないのでわからないですが。そうですね……自分が幸せだなと思うことを思い浮かべると、自然と笑顔になれる気がします」
 なるほど、と一つ頷いて、シンは自分が幸せだなと思うことを思い浮かべてみる。
 たとえば、レーナが笑っている時。レーナが美味しそうに食事している時。レーナが傍にいる時。レーナが――――。
「そんなふうに笑った顔を撮りたいです」
「……そうは言われても」
 自分の顔は今見ることができないから、どんな顔をしているかなんてわからないのだが。
 まあ。
 改めて、自分の幸せはレーナに関係することばかりなのだなと認識して、なんだかこそばゆい気持ちになった。レーナのおかげで、この気持ちを受け入れられるようになったのだろうな、とも。
「次にデートした時も、一緒に写真撮りましょうね。その時には、今みたいに笑ってください」
 つんつんと、ほっそりした指先がいたずらっぽくシンの頬を突く。
 正直、その時になってきちんと笑えるのかはわからないけれど。
「……努力する」
 レーナが喜んでくれるならそうしたいし、せっかく撮るのなら、自分が幸せだと思った瞬間を残しておきたいから。

2025.05.19 初出