ぽちゃん。
湯船に身体を沈めてからおよそ十分。その間ずっと、一定間隔で水滴が水面を揺らし波紋を描いた。
狭い浴槽には水滴が発生させる音が響くだけで、俺たちはお互い膝を抱え背を向けたまま、何も話せずにいる。
『じ、じゃあ、一緒にお風呂入りマス……?』
なんて訊いてしまった俺も俺だが、まさかアスナがそれに頷くとは思いもしなかった。
ぽちゃん。
SAOの《もの》の再現度というのは非常に高く、現実世界のそれと殆ど変わらない。ポリゴンの塊でしかないが、例えば布に触れれば生地の柔らかさ等の感触はしっかりとアバターに伝わるし、食べ物だって食感や味の設定が――美味しいかどうかは別として――細かくできている。
しかし液体の再現はやはり難易度が高いのか、見た目はよくできているのだが、こうして湯船に浸かったときの違和感が顕著だ。アバターの肌に馴染まないというか、ゼリーの中に入ったような感触というか……。これにはいつになっても慣れないような気もしている。
けれど慣れないからといって、こうして時折お風呂に入ることは止められそうにない。アスナのようにお風呂がすごく好きという訳ではないが、根っからの日本人だからなのか、こうして身体を温めるのはすごく落ち着く。
――まあ、今は落ち着くどころの話じゃないんだけどな。
ぽちゃん。
同意するように再び水音がした瞬間。背中にとん、と何かが当たった。
「いや――――――!!」
「うわああああぁぁぁぁ!」
二人分の叫び声が浴室に木霊する。俺は反射的に前へ逃げようとしたが、そこは行き止まり。浴室の壁だ。しかし、動き始めた身体は止まることなく思い切り頭からそこへ突っ込み、《破壊不能オブジェクト》特有の紫色の閃光を撒き散らす。すぐにそのまま跳ね返され、俺は浴槽へ尻餅をついた。痛みはないが、何となく癖でお尻をさする。
「いっ…………あ」
アスナ、と言いかけて顔をそろりと上げると、タオルで身体を隠しながら後ろで仁王立ちしているフェンサー殿の姿。頬が紅潮しているのは、多分入浴のせいではない。
「えっと……あの……」
「こ、こっち見ないでよ!! キリト君のバカ!」
最初に当たったのはそっちですよね!? と反論する暇もなく、飛んできた拳が俺の目の前で紫色のエフェクトを発生させた。
end
2020.12.19 初出