ふと目に入ってしまったノートを見て、シンは硬直した。見てはいけないものだと理解しつつ、そこに書かれた端正な文字を目で追わずにいられない。いや、追うなという方が難しい。何せ、そこにあるのは自分の名前と――。
と、ガチャリと執務室の扉が開く。銀の長い髪と、紺青のスカートがひらりと舞う。
ぱちり。
銀色の瞳と目が合った。
入ってきた少女は一瞬きょとん、としたかと思えば、次の瞬間には顔を真っ赤にしながらあわあわとシンのいる方へ駆け寄った。
「し、シン!! 見ましたか!?」
言いながら、持っていた端末で紅い双眸が凝視していたノートを普段の比ではない素早さで隠した。
慌てていたために、これを放置して部屋を出てしまった自分が悪いとレーナも分かっている。分かってはいるが、彼にだけは見られたくなかった。こんな、自分でも後で見返すとごろごろ転がってしまいそうな恥ずかしいノートの落書きを。
真っ赤になりながらレーナがぷるぷる震えていると、それを見ていたシンが小さく吹き出した。
「シンのばか! 笑うことないじゃないですか……!」
「悪い。けど、あんまり必死に隠してるから」
くつくつと肩を揺らしたまま、こちらを見上げてむっと頬を膨らませる少女を見返す。
「直接言ってくれないのか、それ」
「な、なっ――――!」
首まで真っ赤になってしまったレーナをシンは引き寄せて、口角を上げて小さな耳へ顔を寄せる。
「レーナ」
強請るような声音にレーナはぴくりと震えて、眼前の胸元へぎゅっと頭を押しつけた。
杜松の香りが強く聞こえて、心臓がばくばくと音を立てる。
そういう言い方はずるい。……そうは思いつつ拒否できない自分がいるのも事実で。
初めて口にする訳ではないけれど、こういう状況で改めて言おうとすると緊張で息ができなくなりそうだった。どれでもなんとか、風の音に掻き消えてしまいそうな囁きを口にする。
「……好き、です」
ふ、と頭上から吐息で笑う気配。
「おれも。レーナが好きだ」
甘さを孕んだ声が降ってきて、ぎゅっと腕の力が強くなる。同時に、髪に柔らかな感触が降った。
end
2022.08.26 初出
2022.09.07 修正