約束の星

 芝生の上でごろりと仰向けになると、満天の夜空がそこに広がっていた。生温い風が吹けば、芝特有の青臭さが生々しく鼻腔をくすぐる。けれど、もはやそれも懐かしい気がして、嫌悪どころかいっときの安らぎを与えてくれるようだった。
「ここ、よく見えるだろ?」
「うん。周りに建物も明かりもないから、すごく綺麗に見えるね」
 いつか現実世界で見たそれに似ている。キリトと並んで夜空を見上げているためか、アスナはそんなことを思った。
 アスナとキリトがここ《アンダーワールド》に残ってから、もう数年が経過していた。現実世界ではまだ十数秒しか経っていないとキリトが言っていたため、実際に現実世界で星を見たのは数ヶ月前の話。しかし時間が加速されたこの世界で過ごしていることもあり、アスナの中ではもう何年も前の出来事のように感じた。
 このUWに残ってからの毎日は本当に慌ただしく、落ち着ける日はそう多くない。こうしてカセドラルをこっそり抜け出したのは、キリトに誘われたから。しかし昼間であればカセドラルの誰かに見つかってしまい、抜け出すどころではなかっただろう。
 明日も朝が早いため長居はできないが、束の間の急速とも言えるかもしれない。
「でも、キリトくんが『ちょっと抜け出さないか?』って言い出した時はどうしようかと思ったよ〜」
「たまにはいいだろ、こういうのも。ずっとバタバタしてて俺も疲れたし、少しは気晴らしになるかと思ってさ」
「ふふっ、そうね。それに、わたしもちょっとだけ懐かしい気持ちになったし」
 キリトの方へ顔を向け微笑む。すると今の夜空と同じ色をした瞳が、そうだな、と柔らかく笑った。
 二人の間で重なった掌がお互いの形を確かめるようになぞり合って、どちらからともなく指が絡められる。ぎゅっと握られたそこから二人分の感情が行き交い、星の瞬きに合わせるように、仮初の心臓は穏やかな音を繰り返した。
「……向こうに帰ったら、またユイちゃんと三人で星を見に行こうね」
「ああ、必ず。留守番してくれてるユイに、ご褒美もやらないとな」
 ――現実世界に帰った時。多分、ここでの出来事はほとんど忘れてしまう。だから今日の約束も、向こうに戻った時には覚えていないかもしれない。
 それでも少し……ほんの少しだが、何かが残るような気もして、アスナは流れ始めた星へ祈るように眼を閉じた。

end
2020.12.24 初出