朝日が昇ると同時に起床して、オーバーサイズの野戦服を身に纏い仕度をしていると、唐突に知覚同調が起動した。
さすがにこの時間から同調してきた人間はいたことがなく、シンは僅かに瞠目する。しかし同調を繋げてきた相手はいつまで経っても何も言葉を発さず、ほとんど吐息のふにゃふにゃとした音が聞こえるだけ。
「…………少佐?」
訊ねてようやく、返事があった。
『ふぁ……ノウゼン大尉……ふふっ……』
「――……」
今まで聞いたことのないような、力の一切入っていない声。
寝ぼけているのだろうか。どこか甘えているようにも聞こえるレーナの声に、シンは少し落ち着かない。
「少佐、」
『……ぅん……』
再び呼びかけても上の空。ベッドにでもいるのか、布擦れの音まで聞こえてくる。
こんなの。まるで。すぐ隣に――。
その先を考える前に蓋をして、今度は強めに呼びかけた。
「ミリーゼ少佐」
『ん…………? え、大尉――ひゃあぁ!?』
ガサガサッ! とノイズが聞こえて、ぶつりと同調が切れた。
急な出来事にシンが固まって数秒後。再び知覚同調が繋がる。同調越しに、ものすごく恥ずかしそうなレーナの声。
『……お、おはようございます、大尉。その……、もしかして、わたしから同調繋げていましたか……?』
「ええ。おれが起きてそう経たないうちに」
『す、すみません。…………あっ、あの、……わたし、変なことをしていませんでしたか? 大尉に何か、失礼なこととか』
変なことは多少……あったかもしれないが、失礼なことはされた覚えはない。シンは緩く首を振って、口を開く。
「特には。……珍しいですね。少佐は朝は強いのかと思っていましたが」
『普段は、すぐ起きているのですが。……昨晩、レイドデバイスを着けたまま寝てしまったようで。大尉に同調する夢を見ていたのですが、気づいたら本当に繋がっていて……』
寝ぼけながら繋いでしまったみたいですと言うレーナからは、羞恥と困惑と申し訳なさが滲む。ベッドの上で小さくなって項垂れているような気がして、シンは微苦笑した。
「迷惑だとは、思っていませんので。お気になさらず」
『そう、ですか。……ありがとうございます』
それからレーナはくすりと笑った。
『でも、起きてすぐに大尉の声が聞けたので嬉しかったです』
「…………」
告げられた言葉に、シンは硬直する。秘密を囁くように口にするから、どう受け止めればいいのか戸惑う。なぜか心臓を掴まれたような気がして、胸元の野戦服を握り締めた。
『あっ、ひ、引き止めてしまってすみません! みなさんもそろそろ起きますよね。は、話は夜にしまひょう!』
またあとで、と捲し立てるように言われて、同調が切れた。再び繋がる気配は、さすがにない。
それを確かめてから、シンはふー……と長く息を吐いた。握っていた手を緩めて、なんとなしに眺める。
先ほどの息苦しさはなんだったのか、気にはなるけれどよく分からなくて、それ以上の答えは出ない。多分、分からないままいつか霧散するのだろう。
――窓の外の朝靄に向けた血赤の双眸が、仄かに優しい色をしていたのをシンだけが知らない。
end
2023.05.09 初出