「明けましておめでとう、明日奈」
『明けましておめでとうございます、キリトくん』
数コールの後、待ちわびた声が聞こえた。いつもと変わらない明るい声色に、少しだけホッとする。
新しい年を迎えた初日の早朝。
俺は自室の窓から見える日の出を眺めながら、昨夜明日奈と約束していた時間に電話をかけていた。地平線……というよりは家々の間からになるが、そこから覗く太陽は眩くオレンジ色の光線を辺りに振りまき、新しい年の始まりを照らしている。
けれど何となく俺の気持ちは晴れやかではなく、灰色がかった雲に覆われているようだった。
理由は明白。
恋人である明日奈は年末年始は毎回京都にある本家に帰省しており、関東にはいない。今年もそれは例外なく、いつもより俺から離れた場所にいた。
「そっちはどうだ? もう陽が昇り始めた?」
『うん。まだ見えてないけど、だんだん明るくなってきたよ』
「そっか。寒いからちゃんと暖かくしてろよ? まあ……本家じゃそこら中に暖房が効いてるんだろうけど」
『ふふ。キリトくんこそ、お腹出して寝ちゃだめだよ?』
「い、イエス、マム……」
お腹はさすがに出していなかったが、寝相がそこまでよろしくないことは事実。幸い風邪は引かなかったものの、過去にはお腹を出して寝てしまったきともあり、心当たりは大いにある。
俺は冷や汗をかきながら明日奈のいたずらっぽい声に応えた。が、端末の向こうでは数十秒の無音が流れている。
「……明日奈?」
『ううん。やっぱり、ちょっとだけ寒いなーって……』
「おいおい、まさか風邪引いたとかじゃ……」
『風邪じゃないから大丈夫だよ~。ただ…………キリトくんと一緒に初日の出見たかったなーって……』
明日奈の言う《寒い》の意味をそこで初めて知り、胸の奥がちくりと痛んだ。
「その、ごめん……」
『もう、どうしてキリトくんが謝るのよ』
「いや……、俺がもっとちゃんとした人なら……」
『キリトくんは十分すぎるくらいちゃんとしてるもん! まあ、時々抜けたところもあるけど、そんなところもわたしは好きだし……って! もう、恥ずかしいじゃないばか……』
消え入りそうなボリュームで、最後は囁くように明日奈が言った。
けれどしっかりと俺の耳には届き、顔にじわしわと熱が集まる。きっと端末の向こうでも顔を染めているんだろうと思うと、それを見られない事が少々残念だ。
「……俺も、好きだよ……明日奈のこと、全部」
『うん……ありがと……』
強張る舌を必死に動かし、普段あまり口にしないを伝える。嬉しそうな声の裏では、きっと可愛らしい表情をしているんだろうと想像し、頬が緩んだ。
――会いたい……な。
明日奈に会って。ころころと変わる表情を見て。笑い合って。抱きしめて。髪を梳いて。キスをして――。
声はこんなに近くで聞こえるのに、触れることのできない距離がとてももどかしく、思わず端末を握る右手に力が籠もった。
「……帰って来るの、明日だったよな。駅まで迎えに行くよ。俺も……明日奈に早く会いたいから……」
『っ……! うん……うん……! わたしも……早くキリトくんに会いたい。だから、会ったら……いっぱいぎゅってしてほしいな』
「ああ、もちろん」
――嫌って言われても離さないからな。
そっと胸の裡で付け加える。
端末の向こうの甘えるような声色に、また愛おしさが募り、胸に刺さった小さな氷のカケラがゆっくりと解けていくのを感じた。
同時に、薄ら曇っていた俺の気持ちも、太陽のような温かな光に照らされ始めた。
end
2018/01/01 初出