頬をつん、と指先で突かれ、反射的にピクリとする。その手で今度は短くなった髪を梳かれ、後ろから抱きかかえるように回されたもう片方の腕に、少しだけ力が加わった。
「ねぇ、キリトくん……いつまでそうしてるの?」
「んー……もう少し」
もう……とアスナが小さく溜息を吐くも、当の本人はどこ吹く風で、頭を撫で、頬を突き、ぎゅっと抱き締め頬ずりしてきたり。
クエストでモンスターを倒している最中、新しく実装されたデバフ――《子供になる》という、アスナからしてみたら何の意味があるのか解らないデバフをかけられ、体がすっかり小さくなってしまった。体だけが小さくなっただけで中身も記憶も変わっていないのだが、居合わせたキリト、ユウキ、リーファ、リズやシリカ、娘であるはずのユイまでもが子供扱いする始末。見た目は六、七歳くらいだが、中身は立派な十八歳だ。可愛いと言ってもらえるのは嫌ではないが、明らかにこの姿を見てのことだし、何を言っても逆効果で泣きたくなってくる。
けれど、時間が経ってもデバフは消えず、消す方法も見つからない。ユイは一旦電子の海の中で探して来ると言い残し、キリトとアスナ以外のメンツも、一旦ログアウトして食事や課題を済ませたら、三時間後にまたここへ集まることになっている。
そのため、今はキリトと《新生アインクラッド》第22層にあるログハウスで二人きりになっているのだが、すぐ膝の上に抱えられ、それからずっと子供のように可愛がられている。普段であれば嬉しいことこの上ない状況だが、今は不満が溜まる一方だった。
「キリトくん、ずっとそうしててつまらなくないの?」
「全然。なんかこう……色々とヤバイなあ、と……」
「……それ、最初にもいわれたけど、なにがヤバイのよ」
「当たり前だけど、小さいアスナを直接見たことはなかっただろ? 現実世界(向こう)で昔の写真は見せてもらったことあるけどさ。実際に見ると、やっぱり……可愛いなあ、と思いまして……」
そんなことをさらりと言われ、一瞬心が浮き立つ。けれど、どうせならもっと普段に言って欲しいという気持ちが湧き、ぷい、と顔を逸らした。
「ふん。どうせ普段はかわいくないもん」
「ち、違うって! 普段も可愛いと思ってますよ……?」
「ほんと……?」
横目に見ると、こくこくと頷くキリトの姿。
「普段も可愛いんだけどさ、どちらかと言うと、その……き、綺麗だなあ、と……」
ドクン、と仮想の心臓が大きく音を立てた。顔に熱が集まるのを感じ、黒い胸にぽす、と顔を埋める。嬉しいけれど恥ずかしくて、隠すようにぎゅっと押し付けた。
「あ、アスナ……?」
何か気に障るようなこと言いました? と問うキリトに、ふるふると頭を振る。
「嬉しいの……嬉しいんだけど、ちょっとだけはずかしいなあ、って……」
「そ、そっか」
すると再び、髪を梳く気配。いつも以上に大きく感じる手に触れられ、気持ちよくて、心地よくて、ふっと力を抜いて身を委ねた。目の前の黒いシャツをぎゅっと握り、優しい匂いに擦り寄る。
「……やっぱり可愛いな」
かと思えば、そんな小さな呟きが聞こえ、思わずぐいっと視線を上げた。もう子供扱いは止めたと思ったのに、結局そこへ行き着くのかと黒い瞳をじっと睨む。
「う~~……、まだ子供あつかいしてる……」
「してないって」
「してるもん」
「してないよ」
「してるも……んっ!」
明るかったはずの視界が遮られ、先ほどまでなかった、けれどよく知った感触に支配された。いつもと少しだけ違うキスの感触に、頭がくらくらとする。舌を絡められ、小さくなっているせいなのか、いつも以上に息苦しい。――ここALOで呼吸の必要はないが、気分の問題だ。
「ふ……っ」
自分のくぐもった声と、くちゃ、という水音だけがログハウスの中でやけに響き、羞恥で涙が浮かぶ。アスナも必死に応えようと舌を動かすが、小さくなっているせいでうまくいかない。それがまた少々悔しいが、時折宥めるようにキリトの手が頭を撫でるため、すぐにどうでもよくなってしまう。
それから程なくして、ぐっと唇が押し付けられ、そっと顔が離れた。いつの間に押し倒されていたのか、視界の端にソファの背もたれが見え、上からキリトが覗き込んでいる。
「……子供扱いだったか?」
切なげに震える漆黒の瞳に首を振って応えると、ふわりとした微笑が返ってきた。次いで、それが苦笑に変わる。
「なんか、やっぱり小さいから悪いことしてるみたいな気分になるな」
「わたしはそんなこと思わないけどなあ……。キリトくんがもし小さくなっても、いっぱいだきしめてキスするもん」
「へえ……? アスナから?」
「うん、わたしから。……ね、だからもう少しだけ」
くいっと黒いシャツを引き、もっとキスしてほしいのだと強請る。キリトは一瞬眼を瞠り、どこか戸惑うように視線を泳がせてから頬にそっと右手を添えた。瞼を落とすと、ほどなくして柔らかいものが触れ、けれどすぐに離れてしまう。
どうして? と視線で投げかけると、気まずそうにキリトは眼を逸らした。
「……さすがにこれ以上はですね……抑えが効かなくなりそうなので、元に戻ってからで……」
「……やっぱり早くもとにもどりたいわ……」
「俺はもう少し見ていたい気もするけど……」
「わたしはいや! だってキリトくんと――……」
そこまで言いかけて、自分は何を口走ろうとしているのだろうかと噤む。はしたない子みたいではないかと、真っ赤になっているであろう顔を両手で覆い、キリトから隠れるようにする。
けれどこういうときだけなぜか勘がいいらしく、
「…………俺も、です」
という小さな呟きが聞こえた。アスナも両手で隠れたまま、こくりと頷いた。
to be continued?
2018/05/08 初出