仔猫と彼らとわたし

「名前、いざ決めようとすると難しいわね……」
 ねー? と、レーナは今日スピアヘッド戦隊の隊舎できたばかりの仔猫を覗き込んだ。
 なにごとかと母とメイドが目を丸くしているのを横目に手づからシャンプーをして、――途中何度も仔猫が逃げそうになったり、身を震わせたりしてレーナもびしょ濡れになりながら――ごわごわしていた黒い毛並みが柔らかくなった頃には夜になっていて。
 メイドが運んでくれた軽食で夕食は簡単に済ませ、キャットフードはまだ購入できていないので家にあって食べられそうな物を仔猫に与えて。……慣れないことばかりだったせいか、さすがにレーナも疲れが出て黒猫と共にベッドに倒れ込んだのが、今。
「……明日はあなたのご飯とシャンプーを買わないとね」
 仔猫は聞いているのか聞いていないのか、大きなあくびをしたかと思えば座りやすい場所を探すように何度かレーナの脇をくるくると回って、体を丸めた。さすがに警戒されるだろうかと思っていたが、話に聞いていた通り人懐っこいらしい。まだ仔猫のためはしゃぐこともあるけれど、基本的には大人しく、人の側にいることを嫌がらない。きっと、スピアヘッドの隊舎でもみんなにたくさん可愛がられたのだろうと、そんなことを思う。
 特にシンに懐いていたとも言っていたが、いつもこうして近くで丸くなっていたのだろうか。
 動かず読書をしている彼の膝の上、自分の居場所だとばかりにそこを占領して眠る黒猫を想像する。彼のことだから、仔猫がそこにいようが構うこともなく本に目を落とし続けていたのだろう。
 顔は知らないままに想像して、くすりと笑みが零れる。いかにも沈着な彼らしい。
「シンは、……みんなは、優しかった?」
 柔らかな毛並みをゆっくり撫でながら問うてみる。言葉が理解できるわけではないから返事はないと思っていたのに、仔猫はぴくりと顔を上げ、みゃあ、と小さく鳴いた。それが、当たり前だとか、そうだとか言っているようにレーナには聞こえて、なんだか嬉しい。
 優しい彼らをこの仔猫は見送るしかなくて、彼らも仔猫を置いて行くしかなくて。でも、レーナならあそこまで行くだろうと彼らが信じてくれたから、この子がレーナと彼らを繋いでいてくれている。

 ――いつか、おれたちが行き着いた場所まで来たら、

 正直、レーナも生き残った彼らを壁の中から声だけで見送ることしかできなくて、あまりに無力な自分が悔しくて、これらどうやって進んで行こうかと悩んでいなかったわけではない。だから手紙を、言葉をもらって、背中を押してもらえたような気がした。これからも歩んで行けると、そのまま進めと、信じてくれたから。
 もぞもぞと、心地の良い場所を再び探すように仔猫が動く。視線を彷徨わせた後レーナと目が合って、にゃー、とひと鳴き。
 ……まずはアンジュが手紙に書いていた、可愛い名前をこの子に付けるところからだ。このままでは、何と呼べばいいのか分からないから。
「名前も、明日ちゃんと決めようね」
 にこりと笑いかけると、仔猫はレーナの頬に擦り寄った。

end
2023.02.22 初出