いつもの定時連絡が終わった直後。再び知覚同調が起動し、シンは僅かに目を瞠った。聞こえてきたのは、どこか申し訳なさそうなハンドラーの声。
『あの、ノウゼン大尉。……いつもわたしから繋げておいて言えることではないのですが、もし定時連絡が負担になっているようでしたら、無理をせず休んでくださいね』
「……どうしたのですか、突然」
『昨晩、〈レギオン〉の声のせいで大尉た疲れて寝込んでいると、シュガ中尉に聞いたので……』
たしかに昨日は、夕食を摂ったのかすらもよく覚えていない程度には眠気が強く出て、ライデンに寝ると伝える前に意識を手放した気がする。だから彼女からの定時連絡は当然応答できなかったのだが、どうやらそういう話もしたらしい。そういう流れになるのは、当たり前といえば当たり前なのだろうが。
余計な心配をさせてしまったかと、少しだけ目を眇める。
「無理をしているわけではないので、問題ありません。そういう日もある、というだけなので。それに――……」
続けて何かを言おうとして、けれど何を言いたかったのか言葉は見つからなかった。内心首を傾げながら、結局別のことを口にする。
「…………いえ。少佐こそ、あまり寝ていないでしょう。作戦中の声にも普段より張りがありませんでした。分析はありがたいですが、今日くらいはもう休んでください」
すると、同調の向こうでレーナが苦笑する気配。
『すみません、作戦中にまで出ていたなんて……。みなさんにも、バレてしまったでしょうか……?』
「そのことで何か言っている奴はいなかったので、おそらくおれだけかと」
『そう、ですか……』
なぜか急に、気恥ずかしいような感情が滲んでこちらへ流れた。語尾を弱めてそのまま黙ってしまったレーナに、シンは訝しげに口を開く。
「少佐?」
『――い、いえ! ありがとうございます。みなさんにバレないうちに休むことにします』
ああ、そろそろこのやり取りも終わってしまう。そんな予兆を感じ取る。
それを心のどこかでシンは残念だと思って、けれどその感情がどうして生まれたのか理由を考える前に蓋を閉めた。
『急に引き止めてしまってすみませんでした。では、おやすみなさい』
「――おやすみなさい」
同調が静かに切られ、遠くなっていた〈レギオン〉の声が届くようになる。ふ――……、と一つ長く息を吐いて、コーヒーを啜りながら窓の外を見た。
少し欠けた銀色の月が、街灯も何もない闇夜にぽかりと浮かんでいる。見ているとどこか落ち着くが、最近は少し寂しそうだな、とも思う。どうしてそんなことを思うのかは、やはりシン自身には分からなかったのだが。
明日は、また明るい銀鈴が聞けたらいい。
そんなことがふと脳裏に浮かんで、けれどそれ以上を考える前に、全てを洗い流すべくシャワー室へ向かった。
end
2022.06.08 初出