新都の高層ビル。その屋上で手が悴むような冷たい風に晒されながら、わたしは街を睨んだ。人々はまだ眠ることを知らず、あちこちで光点が輝く。まるでイルミネーションのようだった。敵は――この中にいる。
思わずコンクリートを踏む足に力を入れ、ぎゅっと拳を握った。すると、
「凛」
横に低い声音と共に、力の籠った右手がふわりと温かい何かに包まれる。かと思えば、そのまま指を一本一本優しく解かれた。
「やる気があるのはマスターとして頼もしいが、少々力みすぎだ。爪で手を傷つけてしまうぞ、凛」
「な、な、な――――!?」
顔が熱い。そんな風に誰かに触れられたのは十年以上ぶりだったし、いつも皮肉ばかりな瞳があまりに温かい光を宿しているように見えたから。あまりに突然すぎて、反論したいのに言葉が出てこない。
「街ばかり見るのもいいが、たまには息抜きもしたまえ。今宵は月が綺麗だぞ」
わたしのそんな気持ちも知らず、アーチャーはそう言って視線を空へ上げた。むっとしながらも、釣られるようにわたしも空を見る。
星は残念ながらそれほど見えないけれど、月は綺麗な光を街へ降り注いでいた。あまりにも幻想的で、ほっ、と無意識に小さな吐息を零す。
……〝月が綺麗〟とアーチャーは言った。純粋に月が綺麗だから言ったのか、もう一つの意味を知っていてそう口にしたのかは、その横顔からも判らない。まぁ、自分がどこの英霊かも判らないような奴だ。さすがにもう一つの意味まで知っているとは思えないし、こんな事を考えるのは心の贅肉。今は聖杯戦争の事だけを考えればいい。
熱の引いた顔を男の方へ戻し、わたしの中の余計なものを切り捨てるように言う。
「月はたしかに綺麗だけど、今は聖杯戦争中よ。のんきに月見なんてしてる場合じゃないでしょ」
その答えを予想していたのか、アーチャーはふっ、と満足そうに笑った。
「そうだな。君の言う通り、今考えることではなかった」
それが現実主義の彼らしくないようにも思えたけれど、この時は気のせいだろうとそれ以上考えなかった。
――――それが、実はもう一つの意味でアーチャーが口にしていたのだと知るのは、聖杯戦争が終わってしばらくしてからの話。
end
2020.12.20 初出