「シン、今日は何日ですか?」
「……十月三十一日だけど。何かあったか?」
誰かの誕生日だった覚えはないし、至って普通の公休日だったはず。
少し違ったことといえば、今日はレーナと出掛けず自室で読書をしていたことくらいだろうか。朝からアネットと出掛ける約束があると言っていたためにそうなり、夕方に部屋まで来て欲しいと言われ今レーナの執務室にいる。
考えても何も出てこないシンが軽く首を振ると、レーナはにこりと笑った。
「十月三十一日の今日は、ハロウィンですよ」
「……ああ」
言われてみれば。今朝からライデンがやけに甘すぎる匂いを漂わせていたり、フレデリカやリトたちが騒がしく部屋の扉を叩きに来たなと思い至った。たしか、夜には第一機構グループ全員集めてパーティーをやるのだとも言っていたか。
偶然――というか、レーナが部屋に来たときに食べるからと酒保で買ってあった飴玉が机の引き出しにあり、それをいくつかフレデリカたちには渡しただけだったためあまり記憶にも残っていなかった。
ぼんやり回想するシンを余所に、レーナはいつになく眩しい、そしてどこか悪戯っぽい笑みを見せた。
「シン、〝トリック・オア・トリート〟って言ってみてください!」
「…………」
なぜ。と頭上に疑問符が浮かぶ。シンは別にお菓子を積極的に食べたいとは思わないし、それはレーナも分かっているはずなのだが。
――となると、イタズラの方? いやしかし、レーナがわざわざイタズラをされようとしているとは思えない。……それはそれで、シンにとってやぶさかではないが口にはしない。
どうするのが正解なのかと内心焦り始めていると、レーナは不満そうにむっと唇を尖らせた。
「シン、早く」
珍しく急かす様子のレーナに、シンは折れるしかなく。
「……トリック・オア・トリート」
呟くように言うと、レーナは楽しそうに笑って、ぱたぱたと部屋の隅に備え付けられた小型の冷蔵庫へと足を向けた。そこから現れたのは、レーナの両手に乗るサイズの白い四角い箱。箱の横には、いつかレーナと行ったことのある洋菓子店のロゴが入っていた。
「ハッピーハロウィン!」
「? ……ケーキ、か?」
「はい、ケーキです! アネットと出掛けた帰りに見かけて、ハロウィンセールをやっていたのでつい買ってきてしまいました。甘さ控えめのものを選んだので、これならシンも食べやすいかと思って」
レーナは箱をソファの前のテーブルに置き、シンの隣に腰を下ろす。それからなぜかもじもじと、気恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「夜は全員でハロウィンパーティーをやるとは聞いていたのですが。その、短い時間ですが、……先にシンと、二人でできたらと」
他の隊員たちとわいわい騒ぐのも悪くないし、何よりレーナが楽しそうであればシンも嬉しい。だからほんの僅かな寂しさはあれど後で穴埋めができればいいと思っていたのだが。
照れ臭そうにはにかむレーナに、シンの真紅の双眸が柔らかく弧を描く。
似たような気持ちをレーナも抱いてくれていたのだろうか。――そう思うと多幸感に満ちて、胸の裡が熱くなった。
本当に、いつも彼女からもらってばかりだ。
「――ありがとう、レーナ」
本番まであと二時間ほど。
それまでは。二人でささやかなパーティーを楽しもう。
end
2022.11.02 初出
診断メーカー:https://shindanmaker.com/831289 (ハロウィンバージョン)
「トリックオアトリート」って言って!とせがむので言ってやると「じゃじゃーん!」とケーキが出てきた。帰り道に見かけてつい買ったらしい。これからハロウィンパーティーだ!