もう一度抱きしめる日まで

 そろそろ起きているだろうか。
 ……直接顔を合わせられないというのは、こんな些細なことすらも分からないのだなと改めて思う。
 戦場封鎖地雷原リメス・ブルタリスのせいで戦場に追いやられてしばらく経つものの、やはり彼女の顔が見たいなと思う気持ちはどうしても誤魔化しきれない。昨日、〈レギオン〉に首の傷をかれて、知覚同調パラレイド越しにだがレーナの前で散々泣いて、多少はすっきりしたものの、まだ少し落ち着かないから尚更に。
 せめて声だけでも聞けたら。それに、昨日言えていないこともあるのだし。
 これで繋がらなかったらまた別の機会に言おうと決めて、同調を繋げてみる。
 ――と。
『シン……?』
「レーナ、おはよう。もう起きてたんだな」
『おはようございます。ええ、ついさっき起きて、ちょうどレイドデバイスを着けたところで』
 着けたとほぼ同時にシンと繋がってびっくりしましたよ、とレーナが笑う気配。
『どうしましたか? ……まだ、落ち着かないですか?』
「それも少しあるけど。昨日のお礼がちゃんと言えてなかったから」
 知覚同調パラレイドは、顔を合わせている程度の感情は伝わってしまう。さすがにレーナ相手に隠し通せないかと苦笑して、それから真摯に言った。
「来てくれてありがとう。おかげで帰って来られた」
『おいていかない、って約束しましたから。シンが自力で帰れないときは、迎えに行きますよ』
「それと、おれが眠るまで傍にいてくれてありがとう」
『辛いときは傍にいるって、言いましたから。シンが辛いなら、一緒に抱えます』
 一つ一つに応えてくれるレーナに、やっぱり敵わないなと思う。
「……なんだか、おればかり情けない姿を見せてるな」
『そんなことはないです。わたしだって、シンの前でたくさん泣きましたし。それに、シンが甘えてくれたみたいで嬉しかったですよ。……本当は、ちゃんと傍にいられたら良かったんですけど……』
 今はまだ、帰れない。
 〈大君主〉作戦のためにも、首都に残ってやるべきことがあるから。
 それはシンもわかっているから、今すぐ帰ってきて欲しい、とは言えなくて。
『だから、帰ったらいっぱいぎゅーってしますね!』
「ああ。待ってる」
 その時は自分も思い切りレーナのことを抱きしめようと、心の中でひっそり思う。レーナが療養していた期間も含めるともう随分触れられていないし、会った瞬間に我慢ができなくなりそうだ。
 ところでレーナは何も言わないが、一つ言いたいことがあったのを思い出した。
 なんてことのない雑談をするように、シンは言う。
「そういえば。レーナ、相当無茶をしたんだろう」
 ぎくりと、同調の向こうで固まる気配。
 どんな無茶だったのか、詳細は後でアネットに訊くとして、シンの記憶の元まで来てくれたのだから、まず通常考えられないほどの無茶――おそらくレイドデバイスを使って何かしたのではないかと推測している。
「結果的におれが助けられてるから何も言えないけど。命に関わるような無茶は、あんまりしないでくれ」
 もし、これでレーナに何かあったとしたら。果たして自分は……。
 想像してしまって、身震いした。……そんなこと、考えたくもない。
 それが伝わったのか、レーナは穏やかな声で言う。
『わたしは、あなたを置いてなんかいきません。だから大丈夫ですよ。シンが帰ってくるって言ってくれたように、わたしもシンのところに帰ってきます』
 二人で約束したことはまだまだあって、叶えられていないこともたくさんあるのだし。この先、いつまでも共に生きると誓ったのだから。
 そう言外に告げるレーナに、シンはふ、と口元を緩める。
 海を見せたい。それを見てきっと笑うレーナを見たい。その願いは、今も変わらずシンの中にあるし、そのためにやるべきことも見えている。だから今は、自分たちが望む未来のために進むだけだ。
『そろそろ戻りますね。アネットたちに呼ばれたので』
「悪い。忙しいのに」
『いえ。それに、わたしは嬉しかったですよ。シンと話せて』
「おれも。レーナと話せてよかった」
 心なしか、起きたばかりの時よりも気持ちが落ち着いた気がする。
『シンはまだ疲れているのでしょうし、あんまり無理しちゃだめですからね。……では、また後ほど』
 レーナがそれだけ言って、知覚同調パラレイドが切れる。
 この状況で無理をするなと言われても、なかなか難しいと思うけれど。苦笑しつつ、せめて朝食の時間までは言われた通り休むかと、シンはベッドに体を沈めた。

end
2025.09.16 初出