並んで歩けることが

 こんこん、と執務室の扉がノックされて、レーナは手を止め顔を上げる。
 誰だろうと小首を傾げつつ訊ねれば、すぐに返事があった。
「ミリーゼ大佐、おれです」
 分厚い樫材の扉の向こうで静謐な、けれどよく通る声が聞こえて、レーナの口元に笑みが浮かぶ。
 扉を開けると、鋼色の常勤服サービスドレスに身を包んだシンの姿。
「どうしましたか、シン」
「そろそろ昼食の時間なので。レーナも行くかと思って」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
 慌てて時計を見る。ようやく最近慣れてきた電子書類の処理に夢中になっていて、時間のことなどすっかり頭から抜けていた。言われてみれば、胃袋も空腹を訴えているような気がする。
 ――と、思った瞬間。
 ぐぅ、と音がした。
 シンではない。明らかに自分の体から発せられた音だ。
 思わず両手でお腹を押さえる。
「あ、あ、あの……! これは……!」
 言い訳するようなことでもないのに、口からはそんな言葉が出てくる。おまけに顔が熱いから、おそらく真っ赤だ。
 シンはというと、堪えきれないとばかりに肩を揺らしてくつくつと笑っている。
「そ、そんなに笑わなくても」
「すみません。あまりにタイミングが良かったので」
 言いながらそれでもなお笑っているから、レーナはむっとむくれる。好きで出した音ではないし、なんならシンの前でこんな情けない音など聞かせたくないのに。
 そんなレーナの心情を知ってか知らずか、ようやく笑いを収めたシンはレーナを通すように扉を大きく開けた。
「行きましょう。ライデンたちも先に行ってますから」
 そう言われていつまでも突っ立っているわけにもいかず、レーナは廊下に出た。扉がそっと閉められて、隣にシンが並ぶ。
 相変わらず彼の靴音は聞こえないけれど、少し高い体温がじんわり伝わってきて、近くにいることは分かる。
 シンがどういう経緯で執務室まで来てくれたのかは、分からないけれど。レーナがいつまでも食堂に現れないから、代表して様子を見に来てくれたのかもしれない。
 呆れられてないといいけれど。
 ちょっぴり心配になりつつも、こうして一緒に並んで歩けることが、今は嬉しい。

end
2024.01.14 初出