時折見る夢がある。
砂と埃に塗れ、書物で見た旧式の多脚機甲兵器が咆哮を上げる中、誰かを銃で殺す夢。銃など一度も握ったことはないのに、夢の中の自分はそのことに慣れているようだった。
顔の見えない誰かを撃つ時、決まって自分は血反吐を吐くような声を上げていて、苦しくて。自分の頭を撃って終わるその夢を見た日は、目が覚めると決まって頬に涙が伝った。
胸を刺すような痛みは、いったい――。
***
玄関の扉を開けると、雲一つない空が広がっていた。
まだ少し寒さが残る、雪解けが始まる季節。遠い東の国ではもう少し暖かくなると桜という花が咲くらしい。以前読んだ本にそう書かれていた。最近になって、家の近くの公園にも数本植えられたと聞く。花に興味があるわけではないけれど、機会があれば見てもいいかもしれない。
そんなことを考えた少年――シンエイ・ノウゼンは、夜黒種の漆黒の髪を幽かに風に揺らし、焰紅種の血赤の双眸で蒼穹を見上げた。
昔からこうして、度々空を仰いでいる。空が懐かしいのか、何かを探しているのか……。理由は、シン自身にも分からないけれど。
決して届かぬ無限の青。綺麗だと思うと同時に、何故か寂しい。
軽く首を振って、そんな感情を振り払う。分からないものに浸っていても仕方がない。
なんとなく息苦しい気がして、コートの下のタイを少しだけ緩めた。
この制服を着るのもあと一か月ほどになるが、シンにとって特別思い入れはない。一つ挙げるとすると、ブレザーにネクタイだったから、その締めつけから解放されるのがありがたいことくらいだろうか。ただ、毎日私服を選ばなければいけないのは少々面倒そうだなと思った。
「シン、そろそろ行かないと学校遅刻するんじゃないのか?」
後ろからやって来た兄――ショーレイに言われ、シンはやや不機嫌そうに顔を顰める。
「分かってる。兄さんこそ、もう仕事に行く時間だろ。――行ってきます。留守番頼んだぞ、ファイド」
「ぴ!」
犬の形をした小型のロボット。人工知能を中央処理装置としているそれにシンが視線を落とすと、任せて! と言わんばかりに前脚を上げて応えた。
一方レイはというと、反抗期真っ最中の弟に冷たくあしらわれがっくりと肩を落としていた。
シンの通う高等学校までは、電車で二十分ほどかかる。間に合えばいいと思っているためにいつもギリギリの時間に家を出て、始業のチャイムが鳴る五分前にたいてい到着。進学に影響がなければいいからと、シンはそれをどうとも思ってはいないのだが。学友たちはそうではないらしい。
「シン、おはよう」
「おはよう」
いつものように教室へ入ると、銀髪銀瞳の友人が眼鏡の奥でにこりと笑う。シンがそれに応えながら席に着けば、隣から溜息が聞こえた。
「ったく。いい加減、ギリギリに登校すんの止めろっつってんのに。遅刻すると評価に響くぞ」
「遅刻してないだろ」
「そういう問題かよ」
半眼を向けてくる友人の一人――ライデン・シュガは、呆れたようにつっこむ。実際遅刻は一度もしたことがないし、電車が遅れた場合は遅延証明を出してしまえば電車のせいにできる。
それに。
「シンもライデンも、ギアーデ連邦国立大学を受験するんだよね」
「ああ。あそこなら、研究設備が整ってるし」
「ま、大概みんなあそこだよな。俺たちもその例に漏れないわけだが」
銀色の双眸を瞬きながら訊ねたユージン・ランツに二人ともが頷いた。
受験が終わって合否が出てしまえば、もう高校での成績も関係なくなる。もっとも、卒業するまでは手を抜くつもりもないのだが、遅刻するようなことがあったとしても問題ない。
「試験来月だよね。……準備はしてるつもりだけど、ちょっと心配になってきたな」
「ユージンは問題ねぇだろ」
「……来月、か……」
来月、その大学へ入学するための試験が待っている。
高等学校の成績と、当日の筆記試験と論文提出。それらの結果で合否が決まる。評価の六割は前者だと聞くから、ここである程度の成績を収めていればほぼ合格できるらしい。
シンは成績にそこまでの不安はないし、論文の準備だってできている。筆記試験だって、普段通り落ち着いていれば問題ないだろう。
ただ、なんとなく。何かを忘れているような気がしている。……漠然とそう思うだけで、根拠なんてないけれど。
その時ふと、呼ばれた気がしてシンは顔を上げた。しかしきょろきょろと教室を見回してもクラスメイトたちは各々談笑しているだけで、こちらを見ている者はライデンとユージンを除いて見当たらない。
「シン、どうかしたか?」
「いや……なんでもない」
首を振ったと同時、始業のチャイムが校内に響き渡った。ライデンとユージンが席に戻るのを見送ってから、シンは窓の外を見やる。
ちりりと、遠く聞こえたのは鈴の音か――。
2023.04.11 初出