瞼の向こうの明るさに目が覚めた。
薄ら目を開けるもなんだか重く、そういえば昨日は強い眠気に抗えず泥のように眠ったのだったかと朧気な記憶を辿る。夕食のあたりから曖昧だが、自室のベッドにはなんとか入れたらしい。オーバーサイズの野戦服は着たままだから、着替えまでしている余裕はなかったのだろうが。
上体を起こして、軽く頭を振る。粗末なベッドはそれだけの動作にもきぃと鳴いて、朝の静けさに木霊した。
カーテンのない窓からは太陽光が差し込んで、部屋の砂埃がきらきらと反射している。ぼんやりとそれを見て、習慣づいているということさえ意識せずふと耳を澄ませた。
――また近くに寄ってきている〈レギオン〉がいる。大きな戦闘にはならないだろうが、今日も出撃は免れないかもしれない。
小さく息を吐いていると、コンコン、とシンの耳に硬い音が飛び込んだ。
「シン、起きてるか?」
予想していた通り、ライデンだ。シンはベッドから降りて、音もなく扉を開ける。
「おはようさん。体調はどうだ?」
「おはよう。……問題ない。かなり眠ってたみたいだし」
頭はまだ重いが体はいつもよりすっきりしているし、十分な休息は取れた気がする。
「とりあえず、朝食の前にシャワー浴びてくる」
「ああ。まだ誰も起きてねぇから今のうちだぞ」
着替えを取ろうと思ってライデンに背を向けて、それからふと、気になったことがあり向き直ってから問いかける。――気になったその理由も、よく分からないまま。
「ライデン、昨日も少佐は繋いできたのか?」
「ん? ああ。いつもの時間に。お前に繋がらなかったから心配してたぞ」
「……他に、何か言ってたか?」
「補充を急がせる、だと」
「……」
この東部戦線第一戦区第一防衛戦隊スピアヘッドに配属されることの本当の意味を、おそらく彼女は知らない。だから何度も何度も、人員補充について手を尽くすと口にしているのだろう。もし知っていたら、そんなことは言えないだろうから。
――それならば本当は、こちらから告げるべきなのだろうと。八六区で戦うエイティシックスたちの結末を。シンたちが戦い抜いた先に、決められた運命を。
知った彼女は多分悲しむから、それをずっと口にできずにいる。いつかは知ることになるのだろうが、もう少しだけ、何も知らない彼女の他愛もない話を聞いていたかった。……そう思うのがなぜなのかは、シン自身にもよく分からなかったけれど。
「……近いうちには、言わないとだろうな……」
「……そうだな」
何を、とは言わなかったが、察したらしいライデンが頷く。
「ま、どうせ誰かがそこまで生き残ってたら知るんだ。だからあんまり気負うなよ」
「……べつに、」
気を負っている、つもりはないのだが。
けれどライデンにはそう見えないのか、深々と溜息を吐かれた。
「とりあえずシャワー浴びてきちまえ。今日の当番、俺とセオだから」
「ああ」
朝食が出来上がるまでにあまり時間はかからないと暗に伝えてから、ライデンは踵を返し食堂へ向かった。シンは今度こそシャワーを浴びるべく、乱雑に置かれた少ない衣類の中から着替えを引っ張り出す。
昨日も戦闘はあったから、彼女の声を全く聞かなかったわけではないけれど。
――戦隊各位、今日もお疲れ様です。今、よろしいでしょうか?
あのどこか、気の緩んだ声音が聞けなかったから、少し落ち着かないような気がした。
end
2023.04.28 初出