演習前のブリーフィングを終えると、プロセッサーたちは次々と状況説明室を出て行く。
「今日の昼食メニューなんだろう」「まだ眠いんだよなぁ……」「シンの仮想敵機役怖いから嫌なんだけど」とかいう声がすれ違いざまに聞こえて、レーナは微笑ましく見送った。
そんなことを言いながらも、さすがこれまで絶死の戦場を生き抜いてきた者たちと言うべきか。いざ演習が始まれば彼らの集中力と戦闘能力は凄まじく、ただひたすらに研ぎ澄まされた刃のようで。他の歴戦の連邦軍人でも右に出られる者はまずいないだろう。
誰もいなくなった部屋を見渡して、忘れ物がないことを確認したレーナも演習の指揮管制をすべく出口へ足を向ける。
――と、最後に出て行ったはずの彼がちらりとそこから覗いた。血赤の双眸と目が合って、レーナは一瞬どきりとしながら瞬く。
「シン……? 忘れ物ですか?」
「ええ。少し」
部屋には何も残っていなかったはずだが、もしかして見落としただろうか。
というか、少し……?
レーナが考えている間にもシンは無音で近付いて、繊手をそっと握った。
「え、」
端正な白皙が眼前に迫って、気付いた瞬間には柔らかいものが触れていた。
反射的にレーナはぎゅっと目を瞑る。
まだ片手で数えられるくらいしか交わしていない口づけ。お互いが同じ気持ちだと確かめ合ったばかりで、集中しているときでもなければ視線が絡んだだけでも心拍数が上がるというのに。
こんな。勤務時間中の、その上演習前に――。
何度も啄むように唇が重なって、その甘美にレーナは頭が真っ白になる。頬が熱くて、体も暑くて、繋いだままの手に力が入った。
くらりとよろめきそうになったところを、見計らったようにがっしりとした腕に支えられる。それにすら心臓がばくばくと音を立てて、壊れてしまいそうだ。
しばらくしてからそっと離れ、二人分の吐息が交じる。ふと視線を上げると、いたずらが成功したような、けれどどこか嬉しそうな表情を浮かべるシンの姿。
「――行ってきます、レーナ」
「い……行ってらっしゃい……?」
混乱しながらほぼ無意識に応えるレーナに、シンはくつくつと肩を揺らした。
end
2022.11.23 初出
2022.12.22 加筆修正