たとえばこんな告白

 第一機甲グループが一か月の休暇という名の通学期間に入ってから、およそ二週間。シンも含め最初の数日こそ慣れない学校生活に戸惑いはあったものの、すぐにそれもなくなって素直に楽しめるようになっていた。
 思い返せばなんでもない、ささやかで、ありきたりな日々。けれど決して退屈などではなく、不思議と満ち足りた、おそらく幸福とも呼べる時間。
 隣にぎんいろの少女がいたこともきっと大きい。大学まで出ている彼女がわざわざまた学校に通う必要などなかったのだが、どんな計らいか同じ制服に袖を通して共に学生生活を送っている。全ての授業が同じわけではないが、姿が見えれば自然と白皙が緩んだ。
「レーナは学校に行かなくとも、大学まで出ているのでしょう? つまらなくはないのですか」
 放課後。また街を少し案内しますと言って二人であちらこちらを回った後に、レーナが気に入ったという喫茶店――以前二人で歩いている時に見つけた――に足を運んだ。少し入り組んだ場所にあるためか人はまだらで、狭めの店内にはひとアンティーク調のテーブルや椅子が並ぶ。テーブルカウンターの上では年季の入ったレコードがピアノの音をゆったりと響かせていて、街の喧騒から切り離した箱庭のようだった。
 正面に座るレーナはティーカップを手に取って、透き通った赤い水色の紅茶を揺らす。
「ええ、とっても楽しいです。……ずっと飛び級を繰り返していて、友人と呼べる人もアネットしかいなかったので。みなさんと一緒に学校に通えて、こうして放課後に寄り道できて、楽しいです。シンはどうですか? 楽しめていますか?」
「……ええ。おれも、楽しいです」
 改めて口に出して、この時間が本当に楽しいと思えていると自覚した。慣れない気持ちにむず痒く思いながら、コーヒーを呷る。
「良かった」
 ふわりと、花のような笑みを見せるレーナ。どこか安堵が交じる表情に、きっとこれまで色々と心配をかけてきたのだろうと思った。未来なんて何一つ望めなくて、どうなりたいのかも分からなかった自分を。
 すれ違って、傷つけて。それでも手を差し伸べてくれた彼女が、目の前で笑ってくれていることがただただ嬉しい。
 
 
「そういえば、調理実習の方はどうですか」
 訊ねると、レーナは微苦笑しながら肩を竦めた。
「なんとか。……毎回フレデリカに手伝ってもらっていますが。あっ、でも、この前作ったクッキーは少し上手くできました!」
「砂糖と塩を間違えたりは」
「しっ、してませんよ!」
 被せる勢いで反論する彼女がおかしくて、シンは口の端を僅かに上げる。
「冗談です」
「むぅ……。意地悪ですよ、ノウゼン大尉」
 レーナは柳眉を寄せて桜色の唇を尖らせる。シンは今度こそ声を出して笑った。
 くつくつと肩を揺らすシンに、レーナはもう……、と言いながらも釣られたように表情を緩める。
 こんな、他愛もない会話さえも尊い。
 こうして笑う自分が想像できなかった。
 誰かの笑顔が見たいと思う自分が想像できなかった。
 彼女がこうして嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうにしているだけで、胸の裡が温かくなる。
 ころころと変わる表情から目が離せない。綺麗で、ずっと見ていられるな……と思う。けれど彼女はそれだけではなくて、どこまでも真っ直ぐで、眩しくて――。

「…………好きだな」

「へっ!?」
「えっ」
 素っ頓狂な声を上げ真っ赤になったレーナに、シンは一瞬何が起きたのか理解できなかった。けれど数秒後、自分が無意識に言葉を零してしまったのだと思い至り頭を抱えそうになる。無論、そんなことはしないようなんとか表情だけでも平静を保とうとしているが。
「あっ、あの、その――…………ああ! がっ、学校の話ですよね!」
 銀鈴の声はやや裏返っていて、よほど混乱している様子が窺える。シンも動揺が顔に出そうなくらいには混乱したが、レーナの様子に逆に落ち着きを取り戻しつつあった。
 だから学校の話と勘違いされるのはちょっと――いや、かなり困る。こんなことで気持ちを誤魔化すのは嫌だった。
「えっと、シンはどの授業が――」
「学校の話では、なくて、」
 レーナの言葉を遮って、小さく息を吐く。心臓の音がやけにうるさく響いて、口を開いただけで震えそうになる。それを堪えながら、血赤の双眸で銀色の瞳を射抜いた。

「――貴女が好きです、レーナ」

end
2022.10.12 初出

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好きな人に見惚れて、ついうっかり好きって言っちゃう