fingertip communication

 どこの組織にも年に一度くらいは大きな会議があるわけで、連邦軍もそれは例外ではない。
 西方方面軍所属の、戦隊総隊長以上の者は全員出席するようにとの通達が来て、シンやレーナも当然出席することになった。
 ざっと五百人以上は入りそうな会議室。薄暗い室内の前方に大型のホロスクリーンが浮かび上がり、次々に資料を映し出しながら各戦線の状況や戦死者数、新型多脚機甲兵器フェルドレスの開発進捗について説明されていく。――それはいいのだが、問題はあいだに挟まる上官たちの挨拶だった。
 簡潔に済ませる者ももちろんいるが、話が長い者はとにかく長い。数多の会議に出たことのあるレーナでも、この規模の会議でそれをやられてしまうとさすがに退屈だと思ってしまうくらいに。
 隣をちらりと見やる。黒髪の戦隊長は着席の姿勢こそあまり崩してはいないものの、血赤の双眸はどこかぼんやりとしていて眠そうだ。机上のコーヒーも飲み干してしまったらしい。退屈で眠気に襲われるのは理解できるが、この大人数であってもさすがに居眠りはまずいだろう。
 ふと、体の横にぶらりと下がった、白手袋に覆われた大きな手を横目に見る。そこへそっと手を伸ばしレーナが指先でちょんと突くと、隣の肩が小さく跳ね、紅い瞳が僅かに見開いた。ついで、そろりと視線がレーナの方へ向く。
 声を出すわけにもいかず、レーナは困ったような表情でシンをじっと見つめる。眠っちゃだめですよ、と意思を込めながら。それが伝わったのかは分からないが、シンは小さく笑ってからこくりと頷いた。
 ほ、とレーナは息をいて、顔を前へ戻す。同時に手も膝の上に戻そうとして――――がしっ、と掴まれた。
「――!?」
 驚き硬直するレーナを余所に、手袋に覆われた指が小さな手をするりと撫でて、細い指の間を埋めていく。そのままぎゅっと握り込まれ、布越しに手が密着した。レーナより少し高い体温が、薄い手袋越しに伝わる。時折親指で手の甲を撫でられて、背中がぞくりと粟立った。
 銀色の双眸はホロスクリーンから視線を外していないのに、資料の内容はレーナの頭の中に全く入ってこない。
 いくら薄暗い中で机の下とはいえ、こんなに大勢がいる場所で、……なんて。
 恥ずかしすぎる上に、なんだかイケナイことをしているような気持ちになる。決して嫌ではないけれど、そわそわと気持ちが落ち着かない。自分の頬が熱くなっているのが分かった。
 彼はいったい、どんな顔をしているのだろう――。思ったけれど、とてもじゃないが興味より羞恥の方が勝ってしまい顔を見られない。……やっぱり、いつものようにどこか余裕がありそうな表情をしているのだろうか。
 そう思うとちょっぴり悔しくて、レーナもそっと親指を動かしてシンの手の甲を何度か撫でてみる。少しは同じ気持ちになって欲しい、なんて思いながら。
 
 
 遠ざかる繊手を思わず引き留めて、そのまま指を絡めて握った。やわやわと戯れるように力を籠めて、滑らかな手の甲を親指の腹でそっと撫でる。手袋越しのため肌に直接触れられないのは残念だったが、隣の肩がぴくりと震えているのを視界の端で捉えたため、シンはそれで少し満足した。
 きっとレーナは起きて話を聞いてくださいとでも言いたかったのだろうが、している方が確実に起きていられる気がする。話を聞けるかはともかく。
 しばらくそうしながら前方に浮かび上がるホロスクリーンを見ていると、そわりと、が手の甲を撫でた。何が、など考えるまでもない。――レーナの指だ。
「――――」
 思わぬ反撃にシンは固まる。いくら暗がりとはいえ、これだけ人がいる場所で彼女から動くなんて考えてもいなかった。撫でられたところが異様に熱を帯びた気がする。自分がやっているときはなんとも思わなかったが、やられる立場になると僅かに心拍数が上がった。
 彼女がどんな表情をしているのか気になったけれど、さすがに会議中に横を向けば不自然……というか近くにいるグレーテたちにバレそうだ。それに、もし銀色の瞳と目が合ってしまったら逸らせない気がする。
 そんなことを考えている間にも資料が読み上げられていくが、シンの頭に入ってこない。
 はー、と誰にも気付かれないように小さく嘆息。
 会議が終わるまであと一時間ほど。終わるのをいつも以上に待ち遠しく思いながら、シンも再び親指を動かした。

end
2022.09.26 初出

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誰も見ていないところでこっそり手を繋いでみるが照れくさくて目が合わせられない。