ブランケットに包まれて

 会議を終え、その結果を踏まえた資料作成のためレーナの執務室へ二人で向かう。
 樫材の扉を開けると、しばらく誰もいなかった部屋は冬の刺すような冷たい空気に覆われていて、さすがのシンでも一瞬だけぶるりと震えた。
「予報では雪が降ると出ていましたし、さすがに寒いですね。すぐ暖房を入れるので、ソファで座って待っていてください」
 レーナの言葉に頷いて、シンは応接用ソファへ腰を下ろした。背もたれに体を預けて、ふー……と長く息を吐く。
 まだ一応勤務時間であるし、これからレーナと資料作りだってあるのだから本来とっていい態度ではないが、今はだけは許して欲しい。何せ二時間以上も会議に拘束されたのだ。作戦中とはまた違った疲労が出る。
 レーナは暖房を点けてからなぜか居室の方へ入ってしまったが、忘れ物でもあったのだろうか。
 窓の外へ視線を向けると、空は厚ぼったい雲に覆われていて、まだ雨のようだがそのうち雪に変わりそうだ。思って、背中に寒気が走った。
「……寒いな」
「やっぱり、すぐには部屋も暖まらないですよね」
 声の方を見上げると、レーナだ。ヒールの音が近付いていたためすぐ戻ってきたことは分かっていたが、その手にはつい先ほどまで持っていなかった物。
 血赤の双眸が何度か瞬くと、レーナはどこか悪戯っぽい笑みを浮かべ、えい、とそれをシンに被せた。
「!?」
 突然視界を遮られもぞもぞと取り払おうとしていると、ソファがほんの僅かに沈んで、菫が強く香った。
 ようやく被せられた厚手の布――ブランケットからシンが顔を出す。隣には、一緒に布地に包まれながら腕に密着するレーナの姿。
「ふふ。……暖かい、ですか?」
「………………」
 小首を傾げやや照れくさそうに訊ねてくる彼女に、シンは思わず天を仰いだ。
 暖かいことは間違いないが、それを通り越して今や熱い気がする。レーナは無自覚なのだろうが、正直、これはずるい。あまりに無防備だし、勤務時間だからと自制していたものが音を立てて崩れそうになる。
 はー……、と、内圧を下げるような溜息を一つ。
 それから隣の白い面を覗き込んで、レーナが何かを言いかける前に口を塞いだ。咄嗟に顔を逸らそうとするレーナの腰と頭をブランケットごと引き寄せる。
 僅かに冷えの残っていた唇がじんわり自分の体温と溶け合って、吐く息にも熱が籠もる。
「ふ……っ、ん……」
 甘さを孕んだ声が鼻から抜ける音と菫の香りに、酩酊したように頭がくらくらする。
 勤務時間中の執務室のソファの隅。更にブランケットという狭い中でこんなことをして、またレーナに怒られそうだなと思いながら、けれど先に仕掛けたのは彼女の方なのだから自分は悪くないと責任転嫁した。
 そっと顔を離して、二人分の吐息が重なる。銀色の瞳は僅かに潤み、色白の肌は耳まで真っ赤に染まっていた。
 ふ、とシンの白皙に笑みが浮かぶ。
「暖まったか?」
「……シンのばか」

end
2022.09.03 初出

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ソファでくつろぐ。つい「寒い」と呟いたら相手がブランケットを抱えて寄ってきた。隣にくっついて一緒にブランケットに包まりながら「あったかい?」って聞くのは正直ずるいと思った。