連邦の夏はそれなりに暑い。日陰は風が通ればまだいいが、陽当たりのいい場所は大人しくしていても汗が吹き出る。
だからリュストカマー基地のあらゆる建物は冷暖房完備で、それはレーナの執務室やプロセッサーの居室とて変わらない。
変わらない――のだが。
レーナは腰掛けたソファの端でこっそりと両手を擦った。けれどそれだけで温めるには心もとなく、先に冷え始めた指先はもうあまり感覚がない。
今いる場所――シンの居室の冷房は、レーナの執務室よりもかなり低い温度に設定されているらしく、あっという間に体が冷える。まるで冷蔵庫の中にでも入れられたような気分だ。
男の子は暑がり、というのは、機動打撃群に配属されてから初めて知ったことだった。筋肉量の関係もあるのだろう。現に、シンもこの冷え切った室内で軍服のワイシャツの袖を捲ったまま過ごしている。
袖を捲ったことで普段は隠れている腕の筋肉や骨がちらりと覗いて、自分とは全く違うそれにやっぱりおとこのこなんだな……と思って。と、そこではたと我に返ったレーナは赤面しかけた顔をふるふると振った。
「……レーナ?」
隣で本を読んでいたシンがレーナを覗き込む。
「やっぱり寒いか? 設定温度上げてくるけど」
「いえ。……お隣の方にも悪いですし、シンも暑いでしょう」
プロセッサーの居室の冷暖房設備は、二部屋同時制御をするタイプ。そのためシンの部屋の温度設定を変えようとすれば、当然隣室にも影響が出る。隣の部屋に人がいなければ一時的に変えることもできただろうが、今はいるため勝手に変えることはできない。
シンは何度か隣室のプロセッサーに言ってこようかとレーナに提案しているが、さすがに申し訳ないからとレーナはその度に断っていた。それに、そんなことをもし隣に言ったら自分がいることがばれてしまうし恥ずかしい。……と、第三者が聞けば今更何を言っているのかと呆れるようなことも考えていたりする。
「レーナの部屋に行くか? あそこならあの部屋しか温度管理してないし、レーナが風邪でも引いたら困る」
風邪を引いたら困るのはたしかにその通りで、しばらく仕事はさせてもらえないだろうし、演習での指揮だって当然執れない。周りに迷惑がかかるし、なにより、シンにとても心配をかけてしまうだろう。
「……分かりました。ですが、あと十分だけいいですか? その、……もう少しシンの部屋にいたいので」
たまにはこっちでも過ごしたいですし。
言いながら、レーナは再び両手を擦り合わせた。照れている、だけではないのだろう。指先をよく見れば普段は桜色の爪がやや紫がかっていて、明らかに体が冷え切っている証拠。それを認め、シンは目を眇めた。
「…………分かった。けど、」
言いながらすっと腕を伸ばし、隣の細い腰を腕の力だけで持ち上げる。わっ、と声が一瞬上がったのを聞き流して、シンは足の間にレーナを下ろした。後ろから繊手を取り自らの両手で包み込んで、そっと指を絡めてから握り込む。触れた瞬間から明らかに感じるほど氷のように冷たい小さな手に、シンは更に眉を寄せた。やっぱり長時間ここにいさせてはいけない。――色んな意味でも。
「し、シン……!?」
「大人しくこうされてて。あと十分したらレーナの部屋に行こう。――あそこなら部屋の壁も厚いし」
「!? な、何を言って……」
首だけで振り返ろうとしたレーナに、シンはだめだ、と顔を横から寄せて前を向かせ、そのまま耳元に口を近付けた。
「大人しくしてて、って言っただろ。ああでも、さっきよりは手の温度が戻ってきたか」
「ひゃ……っ。そ、そこで喋らないで……」
そっと囁けば華奢な肩がぴくりと跳ねて、思っていた通り彼女の体温が僅かに上昇する。頬がほんのり熱を帯びて赤くなり、指先も徐々に自分の体温に溶けてくる。
氷のようだった冷たさが消えたことにシンは安堵して、強くなった清冽なヴァイオレットを聞く。すっかり聞き慣れた春の甘やかさと腕の中にいる彼女の柔らかさに、今度は自分の体温が僅かに上がったのを自覚して。
もっと自分の熱が移ってしまえばいいのにと、仄かに染まったままの滑らかな頬へ擦り寄った。
end
2022.08.30 初出
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部屋の中で手がつめたくて擦り合わせていたら、後ろから両手をとられる。指を絡めてしばらく握っていたら温かくなった。