「シン」
銀の鈴が鳴って、繊手がするりとこちらへ伸びた。首筋をなぞりやがて頬へと辿り着き、そのままそっと包まれる。その、少しだけ低い体温が心地良い。
慈愛に満ちたぎんいろの瞳に映るのは、自分だけ。――それが嬉しくて、知らず微笑が浮かぶ。
このまま、自分だけを見ていて欲しい――。そんな欲が首を擡げた。
銀の双眸がゆっくりと白い瞼の奥に隠されて、小さなかんばせがこちらへ近付いた。そのまま柔らかい、羽根のような唇が落とされて――――
「おいシン! 起きろこのバカ」
「――ッ!?」
突然聞こえた低い声にはっと目を見開き、勢い良く上体を起こした。きょろきょろと見回せば、そこは自分の居室。パイプベッドの隣に立つのは、呆れ顔のライデンだった。
「ったく。直色の時間になっても起きて来ねぇって、レーナが心配してたぞ。昨日、お前いつもの反動で寝入ってたから余計に」
「…………ああ。悪い、すぐ行く」
「来る前によく顔洗っとけよ」
そんな当たり前のことを言うライデンは、角砂糖を間違えて食べてしまったような表情をしている。その理由は分からなかったが、シンが肯首で応えると、先に行ってるとライデンは部屋を出た。
ふ、と短く息を吐いて、シンは見ていた夢を思い出す。途端、心臓がとくりと鳴って、同時に、そういう関係でもなんでもない彼女を、勝手に夢で見てしまったことへの罪悪感と自己嫌悪に襲われた。
彼女のことを、少しでもそういう目で見てしまっている……ということなのだろうか。ただ、彼女の笑った顔が見たいというだけでは足りないのだろうか。
考えてもまだ出ぬ答えに、シンはかっくりと項垂れた。
……今日一日、彼女に顔を合わせられる気がしない。
そしてそのシンの予想通り。ひたすら視線を逸らし続けるシンと、視線を合わせようとするレーナの攻防戦が一日中行われていた。
end
2022.06.07 初出
2022.12.22 加筆修正