「……なんだか、全然公平じゃない気がするわ」
ソファに深く座りアフタヌーンティーを楽しんでいた凛は、突然そんなことを口にした。
「む? 何か気に入らなかったかね」
傍に立つアーチャーが訊ねれば、凛は整った眉をますます寄せてうーん、と唸る。
「そうだけど、そうじゃないというか……。ううん、やっぱり不公平よ!」
凛はカップに残った紅茶を飲み干すと、カチャリとソーサーに置きソファから勢い良く立ち上がった。そのままこちらへずん、と迫ってきたため、その気迫に思わずアーチャーは一歩後退る。
「ねぇアーチャー。わたしに何かして欲しいこととかない? 何か欲しいとか、どこかに行きたいとか、家事代わって欲しいとか」
「……?」
前触れもなく何を言い出すのかとアーチャーは首を傾げる。凛の行動が時折突発的であるのはもう慣れたことだが、今日のは何が目的なのかさっぱり理解できない。
「凛、君が何をしたいのか理解に苦しむのだが。いったい何がしたいのだ」
「……だって、いつもいつもわたしばっかりアーチャーに何かしてもらってるじゃない。アンタが好きでやってるのは解ってるつもりだけど、わたしが何もできてないのも落ち着かないというか――」
言って、凛はどこか拗ねたような表情でそっぽを向いてしまった。
それでようやく、アーチャーはなるほど、と凛の言いたいことが理解できた。朝に弱い彼女を起こすことから始まり、毎日の掃除や洗濯、食事や紅茶の用意etc……。言われてみれば色々とこなしてはいるが、アーチャーはこれが当たり前だと思っていたし、なにより凛が快適な生活を送れるのならと特に疑問を抱くこともなかった。
だが彼女からしてみれば、どうやらそれら全てを良しとはしていないらしい。借りは返さねば気が済まない性格を考えれば、彼女らしいとも言えるか。
自分から言い出しておきながら、もじもじとどこか落ち着かない様子の凛。そんな姿が愛らしく、アーチャーはふっと口元を緩めると、小さな手を取り自分の方へ引いた。
「わ! ちょ、なに……を……」
「…………」
慌てる彼女を余所に、アーチャーは華奢な体を抱き締める腕に更に力を込める。息を吸えば凛の匂いが強く香って、愛しい少女の存在がここに在ると強く感じて。――それだけで何よりも幸福だと思えた。
「……ね、ねぇ。アーチャー、苦しい……」
「ああ、すまない。だが凛、君は少々勘違いしているらしい」
「勘違い?」
よく解っておらず小首を傾げる少女がまた可愛らしい。アーチャーは目を細めて少女の髪を一房取ると、そこへ唇を寄せた。
「私こそ、君にはいつも貰ってばかりだ。君が私の傍にいてくれるというだけで私の気持ちは安らぐし、守護者となり、サーヴァントとなったことでこうして君と共にいられるというのであれは、それすら良かったと思えるほどにな。幸福というものを遠ざけてきた私だが、君から与えられる幸福であれば、喜んでそれを受け入れよう」
褐色の掌でそっと白い頬を撫でれば、触れたところからみるみる色付いていく。湯気でも出そうなほど真っ赤になった凛は俯き、そのままぽつりと呟いた。
「……わたしだって、アーチャーからたくさんの幸せを貰ってる。だって、貴方が来てからずっと家が温かいんだもの。――これって、二人で幸福になってる……ってことでいいのかしら」
「二人で、か……。ああ、そうだな。きっと、そうなのだろうな」
お互い与え与えられ、二人だけの幸福というものをカタチ作っているのかもしれない。与えられるだけでは不満、という彼女らしい言葉だった。
アーチャーは凛の言葉を胸の裡で噛み締めながら、再び大切な少女の存在を刻みつけるように強く抱き締めた。
「――ありがとう、凛」
私に幸福をくれて。私の傍にいてくれて。
はっきりと言葉にはしなかったが、そんな気持ちを込めたひとこと。それが伝わったのか、凛はアーチャーの胸に額をぐりぐりと押し付け小さな囁きで応えた。
「こちらこそありがとう、アーチャー」
end
2021.02.28 初出
2021.05.17 修正