鳥の囀りで目が醒めた。枕元にある目覚まし時計は午前五時二十三分を指していて、ジリリと朝を知らせる音が木霊するのも時間の問題。
わたしはそろそろと布団を捲り、きちんと畳んでから部屋を出た。――そうしないと、■■が見たらびっくりしてしまうだろうから。
覚醒しきれていない頭を目覚めさせるため、洗面所で冷えた水を出して顔を洗った。そうしたら、少しだけ気持ちもスッキリとした気がする。
台の上に飛び散ってしまった水もきちんと拭いた。――そうしないと、■■のやることが増えてしまうから。
廊下を進んで居間に向かっていると、ふわりと甘い卵の匂いがした。
「ぇ…………」
似ている。懐かしい匂いに似ている。もうしないと思っていた匂いに似ている。
思わず早足になって、居間に飛び込む。台所の方を見れば――――
『おはよう、桜。今朝はずいぶん早いんだな』
「ふぁ〜……。あれ、桜今日は早いのね」
「せ――――ね、姉さん……?」
一瞬何かが重なった。姉さんの姿と声に重なって、何か……誰かがそこにいたような気がした。
「せ……せん、ぱ……い…………」
口から零れた言葉は小さすぎて。台所に立つ姉さんに届く前に、朝霞の中に溶けて消えた。聞こえなくて良かったと、少しだけ安心する。
ぽたりと畳に何かが落ちた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。視界が滲んでいるのも、きっと気のせい。
四月の終わり。ああ――今年もこうして春は逝く。
end
2020.07.20 初出