流星の思い出

「――ト、……おーい、キリトってば!」
「ん…………?」
 がくがくと湯さぶられ、仕方なく重たい瞼を持ち上げる。カーテンが開け放たれているのか、視界が一瞬で白に染まり、あまりの眩しさにぎゅっと目を閉じた。
「キリト! そろそろ起きないとダメだって!」
 先程よりも強い揺さぶりに、仕方なく何度も瞬きしながら光に目を慣らす。正直、まだ眠いしもう少し寝かせて欲しい。昨日だって遅くまで起きていたんだ。せめてあと五分くらい……。
「……あと五分……あと五分したら起こしてくれ……アスナ……」
「だ――――から! もう五分経ったんだよ、キリト!」
 ガバッと音を立てながら掛け布団が捲られる。思わず目をカッと見開き「うわああぁぁ」と情けない声を上げながら飛び起きた。布団強奪の犯人を見れば、やれやれと首を振る亜麻色の髪の主。それが一瞬だけ栗色の髪と重なって、ここではあるはずのない幻想に目を擦った。
 再び目を開いたときには、翡翠の瞳がこちらを見て苦笑しているだけ。落胆――したわけではないが、一抹の寂しさを覚える。
「やっと起きた。まったく、今朝は早く来て欲しいって先輩たちに言われてただろ。キリトのあと五分は五分じゃないんだから」
「う……わ、悪い。助かったよ……。おはよう、ユージオ」
「いいよ、いつものことだろ。おはよう、キリト」
 可笑しそうに笑うユージオの横で、俺は身体をぐっと伸ばした。凝り固まった筋肉がきしきしと小さく音を立てるのを聞きながら一気に脱力すれば、全身にようやく血液が回り始める。
 窓の外を見れば、ソルスが輝き、空は雲一つない青。今日は雨も降らず、夜も星がよく見えるような気がする。
 ベッドから降りてさっさと着替えを済ませようとしていると、「キリト」とやや遠慮がちにユージオが口を開いた。
「あの、さ……さっき、キリトが言ってた『アスナ』って……もしかして、君がいた街のことを思い出したのかい……?」
「え……えーっと……いや……」
 覚えはないが、どうやら無意識に彼女の名前を出していたらしい。今は手の届かない場所にいる――たった一つの流星。
 アンダーワールドに来てからもう随分……いや、現実世界の時間はそれほど経っていないのかもしれないが、体感時間ではもうかなりの年月が経過している。ここに来てから色々なことがありすぎて、忙しい日々を送っていた。今だってそうだ。だから、彼女や他の仲間たちのことを思い出さない日が全く無かったと言えば嘘になるが、忘れたことは一度も無い。
 しかし今はまだ……自分がUWの外の世界から来たことを、ユージオに伝えるときではないと思う。アリスを見つけて、三人でルーリッドの村に帰る日まで、彼を不安にさせないためにも。
 ――ごめん、ユージオ、アスナ……。
 胸の裡でひとりごちてから、やや不安そうにしているエメラルドグリーンを見た。
「いや――街のことを思い出したわけじゃないんだ。ただ…………」
「ただ……?」
「……ただ、流星……昔、そう呼ばれる綺麗な流星を見たような気がしたんだ」
 脳裏に浮かぶのは、アインクラッド第1層迷宮区の奥で輝く一閃。その後もみんなのための光、たまには俺だけの光となって、ただまっすぐに進み続けた眩しい彼女の姿。
「へぇ……ルーリッドではそんな呼ばれ方をした流星なんて無かったけど、キリトがいたところでは、そう呼ばれていたのかもしれないね。いつか僕も見たいなあ……綺麗な流星」
「ああ……無事にアリスを取り戻したら、きっと」
 いつか、俺とアスナ、ユージオとアリスの四人で、一緒にいる日を夢に見て。今日もまた、UWで新しい一日を始める。

end
2020.08.02 初出