異空同星

「風邪引くよ?」
 言いながら、自分よりもしっかりとした大きな背中へ明日奈はコートを掛けた。
「ああ、ありがとう」
 夜空に囚われていた視線は数秒だけこちらを見て微笑み、また空へと還る。明日奈は和人の隣へ並ぶと、ウッドデッキの柵に積もった雪を払ってから寄りかかり、満天の夜空を見上げた。
 コートを羽織ってはいても、真冬の刺すような空気は完全にガードできるわけではなく、ちょっとした服の隙間から肌を刺激する。明日奈が僅かに肩を震わせていると、突然強い力に引かれた。
「わわっ!」
「明日奈こそ風邪引くぞ」
 明日奈の肩に顎を置きいたずらっぽい響きを帯びた声でそう言うと、体に回された腕に更に力が込められた。
「もう……」
 こちらに来てからまだ日は浅いのに、以前にも増してスキンシップが大胆になっているような気がする。呆れ混じりに小さく溜息を吐くも、明日奈だって嫌なわけではない。背中に感じる温もりに少しだけ体を預け力を抜いた。
 和人と共にサンタクララに来てから数ヶ月。大学に通いながらこちらでの生活に慣れるのに精一杯で、最初は二人でゆっくり過ごす余裕もなかった。ようやく落ち着いたのはつい最近の話で、気付いたときには街中がクリスマスムード。あっという間に日々が駆け抜けて行き、こんな風に星空を見上げるのは初めてではないだろうか。
 冬の空気は澄んでいるため、星が見えないと言われる日本の都会でも、この季節星座を見つけることができた。ここサンタクララもそれは同じだが、ちょうど周りに高い建物があまりないせいか、空がとても広い。見える星の数も多い。日本にいたときと同じ物を見ているはずなのに、こんなにも空が違って見える。
 ふっ、と再び小さな溜息を吐くと、夜空と同じ色の瞳が横から明日奈を覗き込んだ。
「明日奈?」
 呼ばれた方を向いて、小さく頭を振る。
「……なんだか、随分遠くまで来ちゃったなーって」
「まあ、ここはアメリカですし」
「でも不思議。見える星座は日本とあんまり変わらないの。どっちも北半球だから当たり前なんだけどね」
「……俺はいつも同じ星しか見てないよ」
「えっ? 何か言った?」
 風に掻き消えてしまった小さな囁きを問うと、和人は苦笑しながら明日奈の耳元へ唇を寄せた。
「いや……明日奈がいてくれてよかったな、って」
 上がった体温と心拍数。それに同期したように、違う空の同じ星たちが夜空に瞬く。

end
2018/12/25 初出