「和人くん、おかえりなさい。先にお風呂入る? それとも……ん? 何か買ってきたの?」
「ただいま明日奈。ああ、さっき帰りに買ってみたんだ」
ほら、と差し出されたのは小さな白いビニール袋。どうやら帰り道にあるコンビニに寄ったらしい。受け取り中を覗くと、この時期に食べるにはやや寒いが、湿度のせいかなぜか食べたくなる――。
「アイス?」
「そう、アイス」
どうして今日に限ってアイス? と首を傾げると、漆黒の双眸がにやりと子供っぽい笑みを浮かべた。
「今日はアイスの日らしいぞ。安岐さんが言ってた」
「ふうん……」
明日奈はもう一度、袋の中身を見る。やや水滴が多い始めた容器をそっと掴み、味を確認。
「〝リッチミルク〟味……。バニラとは違うの?」
「バニラはバニラであったから、多分違うと思う。明日奈はあんまりこういうの食べたことないだろ?」
和人の問いに、こくりと頷く。明日奈は幼い頃からコンビニすらほとんど行ったことはなかったし、甘いものはもちろん、アイスやシャーベットも好きだったが、自分か実家のハウスキーパーが作ったものを食べることが多かった。
どんな味がするのだろうとじっと見ていると、ひょいっと反対側から伸びてきた手がそれを攫った。
「なあ、これ食べてみようぜ」
「ええ! まだご飯食べてないじゃない!」
「そんなに量もないし、二人で食べれば尚更満腹にはならないから大丈夫だって」
――せっかく和人くんの好きなもの作ったのに。
と小言を胸の裡で呟いている間にも、和人の手は蓋を開け、フィルムを剥がし、スプーンを白い塊へ突っ込んでいる。程よく溶けてきたらしいアイスはすんなりと一口サイズ分だけスプーンに載せられ、和人の手によってこちらに運ばれた。
「ほい」
「…………」
明日奈も食べたくないわけではなく、むしろどういった味なのか気にはなっていたため、おずおずと口を開ける。その一瞬で冷んやりとした塊が口の中に放り込まれ、その冷たさにぶるりと肩を震わせた。
じんわりと口内で個体が液体となり、味が広がって行く。
「おいしい……」
「ん、んまい!」
同時に言葉にして、どちらからともなく視線が絡み、くすりと笑った。
その名の通り、ミルクの優しい味と甘さが口の中でふわっと香り、バニラよりも柔らかい印象を受ける。シンプルなはずなのに、どこか高級感も感じられ、まさしく〝リッチミルク〟だ。
今度は自分でも似たような味が作れないかと口をもごもご動かしていると、すでに二口目も食べ終えた和人が「うーん」と唸り始めた。
「どうしたの?」
「うーん……この味、どっかで食べたような……」
「そうなの?」
「う〜〜〜〜ん……」
悩ましげに眉を顰めながら、和人は三口目、四口目まで平らげた――ところで、思い出したように声を張った。
「ああ! 明日奈だ!」
「へ……?」
「この味さ、明日奈を舐めたときと同じ味なんだよ!」
――わたしを……? って、それって……!
羞恥パラメーターが一気に上昇し、明日奈の顔が真っ赤に染め上がる。仮想世界であったなら、頭から湯気エフェクトの一つも出ていたかもしれない。
思わず両腕で自らの体を抱きしめ、和人をじろりと睨んだ。
「……和人くん、ちょっとお話があります」
あ、まずい。と和人の表情に動揺の色が混ざり始める。明日奈はそれに気付いたが、恥ずかしいことを言われてこのまま見過ごすわけにもいかない。
「…………はい」
視線を何度か彷徨わせた後で、黒い頭が萎れたように頷いた。
和人に握られた小さなカップの中で、熱に溶かされたミルク味がじわりと広がった。
end
2018/11/15 初出