「可愛い!!」
「かわいいって……おれは嬉しくないんですが……」
「だって、前にリーファちゃんに見せてもらったアルバムとそっくりなんだもん。ALOの中だから髪型とかちょっと違うけど、でも可愛い!」
そう言うと、アスナは小さくなった俺の体を抱き上げ頬を摺り寄せた。抱き締められているせいでそこかしこから柔らかな感触とアスナの香りが漂い、正直精神的にあまりよろしくない。嬉しくないかと問われればそんなことはないが、かと言ってそこまで嬉しいわけでもなく、複雑な心境を抱いた。
先日アスナがかかった新実装のデバフ《子供になる》というものは、あのあとすぐに解除する方法が解り、アスナは無事に元の姿に戻ることができた。
けれど、そのときにさんざん子供扱いして可愛がっていたせいで、今度は俺にそのデバフにかかってほしいと言われ、初めは断り続けていたのだが、アスナさんはどうしても見たかったらしく、「かかってくれたら来週のお弁当にデザートもう一つ追加するから!」と言い始め、デザートの誘惑に負けた俺は渋々デバフにかかりに行った。わざわざモンスターの元へ赴いてデバフにかかりに行くことなんてこの先もうないだろうなあ、と内心溜息を吐きながら。
最初はユイやリズたちもいて、これでもかというほど弄り倒されたが、このあとリアルで用があるからと先にログアウト。ユイも調べ物があるからと消えてしまった。……最近、みんながいなくなるとユイも一緒にいなくなることが多い気がするが、気のせいだろうか。
ともあれ、そんなこんなでこのログハウスには俺とアスナの二人だけ。普段なら歓迎したいところだが、今はこの姿。アスナはさっきから「可愛い」としか言ってこないし、いささか不本意である。……少しだけアスナの気持ちが解ったような気はするが。
「あのですね……そろそろデバフ解除のクエやりにいきません? この大きさだといろいろ不便なんですが……」
「えー! あとちょっとだけ……ね? わたしだって、キリトくんに色々……されたし……」
「……」
あの日のことを思い出し、俺も顔に熱が集まる。みんなが戻ってくるまでの間に、小さくなっていたアスナへ結局〝色々〟してしまった。現実世界でやってたら犯罪だよなあ……と後で苦笑したが、アスナが可愛らしいのが悪いと思う。
確かに色々したが、ここで素直にYESと言ってしまうのは面白くない。どうしようかと思案して、ふと、アスナが言っていたことを思い出した。俺は方頬を上げアスナに向き直る。
「そう言えばこのまえ、アスナさんからするって言ってませんでした? キス」
「…………したら、もう少しこのままでいてくれる?」
アクアマリンの瞳を泳がせるアスナへ、こくりと頷く。すると頬をほんのり染めながら意を決したような表情で、こちらをじっと見た。
「じゃあ、眼……閉じててね」
それに従い、俺はスッと眼を閉じる。すぐに空気が動いたような気配と共に、よく知った甘い香りが仄かに鼻腔をくすぐり、ふわりと柔らかい感触が唇を支配した。いつもとやっていることは変わらないのに、感覚が少し違うことに新鮮さを覚える。
二、三度触れるだけのキスを繰り返し、そっとアスナの顔が離れていく気配――。が、俺は反射的にアスナの腕をできる限りの力で引き、桜色のそこへ唇を押し付けた。
「んんっ!?」
隙間からそんな声が聞こえたような気がしたが、俺は構わずぺろりと唇を舐めた。それによって一瞬でアスナの力が抜け、薄らと開いた口へ小さくなった舌を滑り込ませる。ちろちろと舌同士を絡め、時折水音が耳元を掠めていった。
しばらくそうしてから顔をゆっくり離し、最後に涙目になっている眼尻へそっと口付ける。
「うぅー……。キリトくん、小さくなってもいじわるだよ……」
「そりゃ、中身は変わってないですし」
「外見はこんなに可愛いのになあ……」
「……あんまり言ってると襲いますよ?」
「……キリトくんならいいよ?」
「……」
迷いのない瞳でそんなことを言われ、小さな頭を抱えた。二人きりの空間でこんなに密着しているのだから、できることならそうしたい。けれど今の体のサイズを考えるとやや……いや、かなり厳しいものがある。まず力負けしてしまうため押し倒すこともできないし、抱き締めようとしても俺がしがみ付いているようにしか見えない。あまりに情けない話である。
がっくり項垂れていると、体が突然宙に浮いた。
「うわっ!」
「ふふ、ごめんね。冗談だよ。そろそろおやつにしよっか」
アスナに抱き上げられ、そのまま奥のキッチンへ。アスナの筋力パラメーターであれば元の大きさの俺も持ち上げられるのだろうが、この姿でやられるとやはり複雑な気持ちになる。子供扱いされているからだろうか……。
そう言えば、もうそんな時間なのか。今日のおやつは何だろう……。
――って、その前に戻りたい!!
「あの、アスナさん? おやつはありがたいんですけど、早く解除クエやりに行きません?」
「だって、さっきキスしたもん。だからもうちょっとだけ。おやつ食べたら行こう……?」
眼をキラキラとさせながら楽しそうにそんなことを言われ、俺は頷く他なかった。
おやつを食べているところを記録結晶で散々撮られたが、それがその後どうなったのかは怖くて訊けていない。
end
2018/05/10 初出