「眠れない……」
ベッドに横になっていたレーナは、閉じていた瞼をぱちりと開いた。
薄いカーテンの向こうは真っ暗で、月明かりだけが薄らと部屋を照らしている。周囲は静かで、眠るには最適な環境のはずなのだが。どうしてか今日は寝付きが悪かった。
仕方なく起き上がって、窓から月を見上げてみる。今日は満月らしい。大きな丸い月が、満天の夜空にぽかりと浮かんでいる。
――その光景に、いつかの夜を思い出した。
まだレーナが共和国にいて、スピアヘッド戦隊の指揮管制官だった頃。顔を知らないままシンたちと知覚同調を繋いで話していた夜も、何度かこういう月夜があった。
同じ月が見られて嬉しいと言ったら、なぜかシンが黙ってしまったのだったか。あれはどうしてだったのだろう。今なら答えてくれるだろうか。
そんなことを思い返していたら、少しだけ声が聞きたくなってきた。
こんな夜更けに起きているとは思えないが、知覚同調が繋がるか一度だけ試してみることにした。繋がらなければそれまでだ。無理にでも寝て、また明日顔を合わせればいい。
……そう、思っていたのだが。
『……レーナ?』
なぜか知覚同調が繋がってしまって、レーナの心臓がどきりと跳ねる。
「シン、まだ起きていたんですか?」
『目が冴えてて。レーナこそ、こんな時間まで起きていたのか?』
「ベッドには入っていたんですが、眠れなくて」
同じですね。そう言って笑うと、知覚同調の向こうでも小さく笑う声がした。
『……こんな夜に知覚同調を繋いでいると、八六区にいた頃を思い出すな』
「ええ。わたしも、思い出していました」
同じように思い出として残っていることが嬉しい。思って、レーナの胸の裡が温かくなる。
きっと話したくない夜もあっただろうけれど、ほぼ毎晩、最初に応えてくれたのはシンだったから。
『今日は何の話を? ミリーゼ大佐』
揶揄い交じりに言うシンに、レーナはくすりと笑う。
「そうですね……では、夕食のメニューについて。今日のメニューはどうでしたか?」
『豚肉が一番美味かったです。ああでも、味付けはもっと辛い方が好みですが』
「あんなにチリソースをかけていたのにですか? さすがにあれ以上はやりすぎだと思います」
『レーナは何もかけてないのに辛そうにしてたからな』
「だって、わたしは辛いのは得意ではないですもん」
むっと唇を尖らせてから、つい吹き出した。知覚同調の向こうでも吹き出したらしく、シンと同時にくつくつと笑う。
笑いが収まると、途端に寂しくなった。
今はすぐに会える距離にいるのに、声だけ、というのは少し寂しい。けれどこんな時間に会いたいとは言い出せず、レーナは視線を彷徨わせる。
落ちた沈黙を、最初に破ったのはシンだった。
『……そっち、行ってもいいか? レーナに会いたい』
言われて、どくんと心臓が脈を打つ。
知覚同調は、顔を合わせている程度の感情は伝わってしまう。もしかしたらレーナの気持ちに気付かれてしまったのかもしれないけれど、それでも言葉にして伝えてくれたことが嬉しかった。
だから同じ気持ちだと伝えたくて、レーナも口を開く。
「わたしも、シンに会いたい」
――恋人たちの逢瀬を、月だけが見守っている。
end
2024.10.24 初出