こんこん、と扉がノックされて、誰かと誰何するとシンだった。
どうぞと入室を促すと、相変わらず足音もないシンの手元には白いビニール袋。何かと問う前に、シンが口を開いた。
「レーナ、そろそろ休憩時間ですよ」
「えっ」
慌てて時計を見やるも、いつもならばまだ休憩には早い時間。時計の時刻が狂ってしまったのだろうか。
「今日は暑いですし、いくら空調が効いた部屋にいるとはいえ休憩は多めに取った方がいいと、ヴェンツェル大佐が」
なるほどそれで。
たしかに背後の窓からは燦々と陽光が降り注ぎ、なんとなく空調の効きもあまり良くない気がする。
ただ仕事はまだキリも良くないし、いつもの休憩時間までもう少し書類を片付けたい。それを見透かしてか、シンは手に提げたままの袋を持ち上げた。
「酒保にアイスが売っていたので買ってきました。溶ける前に食べませんか」
「食べます!」
反射的に答えてしまってから、レーナははっとする。これではアイスに釣られただけではないか。
恥ずかしくなって頬を押さえる。そこからじんわりと熱が伝わるから、きっと赤くなっているに違いない。
すると前方からくつくつと笑い声。見ればシンが肩を揺らしている。
「~~~~シン!」
「すみません。あまりに即答だったので」
むっ、と睨むも笑いが収まる様子はない。たしかに即答してしまった自覚はあるけれど、そんなに笑わなくても。
「……シンのいじわる」
「それより、早く食べないと溶けますよ」
さらりと流されてしまったことにますます頬を膨らませながら、せっかく買ってきてくれたのだから溶けてはもったいないとソファへ移る。対面にシンも腰を下ろして、どうぞとアイスのカップとスプーンをくれた。
触れると痛いくらいにまだ冷えていて、買ってからきっと急いで持ってきてくれたのだろうと思う。
しかし出てきたアイスカップは一つだけ。甘いものが苦手だから自分の分は買わなかったのだろうけれど、戦闘要員の彼は午前中もっと暑かっただろうし、せっかくなら食べて涼んで欲しい。
「シンも一口食べますか?」
「いえ。おれはこっちで」
袋から出てきたのは、プラスチックのカップに入った黒い液体。中には氷が入っていて、カップが汗をかいている。
「コーヒー……ですか?」
「ええ。一週間限定で冷たいコーヒーを淹れて販売しているそうです。いつも温かいものしか飲んでいなかったので、冷たいものも飲んでみようかと」
これも代用ですが、と言いながら、シンはストローを吸っている。
レーナも早く食べようとカップの蓋を開け、ぱくりと一口。
「おいしい……!」
今だけは淑女の嗜みも忘れて、その美味しさに思わず頬を押さえる。甘くて冷たいアイスが口の中で一気に溶けて、仕事の疲れと暑さをいっときでも吹き飛ばしてくれるようだった。
きっとこれも見越してシンはアイスを買ってきてくれたのだろう。そう思うと嬉しくて、レーナは花のように笑った。
「ありがとうございます、シン」
end
2024.06.20 初出