ばったり会ったのは偶然だった。だからつい嬉しくて、レーナはいつもより足早に廊下を進む。
向こうもこちらに気付いたようで、絡んだ赤色が柔らかく笑った。
「レーナ」
「シン、お疲れ様です。これから書類作業ですか?」
「ああ。レーナはこれから会議だったか」
「ええ。予定では二時間半もあるので、終わる頃には夕食の時間になってしまいそうですけれど」
今後の西部戦線の配置や戦略、新型フェルドレスの開発状況、知覚同調の使用状況報告など、とにかく盛りだくさんの会議のため終わる頃にはへとへとになっていそうだな、とレーナは思う。せめて数日に分けて欲しかったが、将官クラスの予定が合う日が今日しかなかったらしい。
「なら、終わったら夕食は一緒に行こうか」
「少し待たせてしまいますよ?」
「おれが一緒に食べたいだけだから」
シンはそう言うが、レーナだって一緒に食べられたら嬉しい。
彼の気づかいと優しさに自然と頬が緩んで、にこりと笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えて。楽しみに会議頑張ってきますね」
「あんまり根を詰めすぎないように」
「はい。シンは書類、手を抜いたらダメですよ?」
と、揶揄い交じりに言う。
シンは面倒くさがりなところはあるが、この手のもので手を抜いたことはない。――二年前、レーナがスピアヘッド戦隊のハンドラーに着任したての頃を除いて。
レーナが本気で言ってる訳ではないとシンも分かっているのだろう。肩を竦めて小さく笑った。
「了解」
それからふと、辺りを視線だけで見回して、シンが言った。
「レーナ、少しいいか?」
「? ええ、少しでしたら大丈夫ですが」
「じゃあ、こっち」
手を引かれ、あまり人通りのない曲がり角までなぜか連れて行かれた。急にそこで立ち止まって、気付いた時には彼の顔が眼前に迫っていた。
反射的に目を閉じたと同時、少しかさついた唇が自分のそれに触れる。
不意打ちに頭が真っ白になって、触れた唇の甘さと獰猛さをただ感じることしかできない。
いつかの日のを思い出して、体温が一つ上がる。
もうあれから何度も口づけはしているのに、どうしてこんなにもドキドキさせられるのだろう。ただ熱を分け与えるように優しく、けれどどこか強引に繰り返されるそれは麻薬のようで。このまま溺れてしまいたい、と思う。
何度も唇を塞がれて、体の力がへなへなと抜けてしまいそうになった頃、シンはようやく離れた。
「っ、な、な……!」
「これで少しは頑張れそうだ」
悪戯っぽく、けれどどこか嬉しそうに笑う血赤の瞳に、レーナは何も言えない。
言えるわけがなかった。
だって、レーナだってシンとのキスは好きだ。それがシンだったら拒めないし、むしろ全部欲しい、と思ってしまう。
それに、ドキドキと心臓はうるさいけれど、レーナだって元気が貰えたから。
それでも何も言い返せないのも悔しくて、なんとか出てきた言葉を口にした。
「……シンのばか」
end
2024.05.15 初出