目が覚めて、最初に聞こえたのは水が打ちつけられる音だった。窓ガラスを叩く雨音からして、そこそこの強さらしい。
――天気予報では、降っても小雨だと言っていたのに。
どうしてこういう時に限って外れるのかと、レーナは花の香りがする布団の中で溜息を吐いた。
連邦大統領、エルンストの邸。その中の客間の一つを借りて、シンたちと過ごしている長期休暇。来週にはフォトラピデ市にある学校の寮へ行かねばならないため、なら今日から何日か首都を案内するとシンに誘われて二つ返事をしたのだが。
ぱちぱち、ばちばちと、窓をいくつもの雨粒が叩いている。
先日クレナとアンジュと買ってきた真新しい白いワンピースを着て行こうと思って、せっかく昨日のうちに出しておいたのに。
ワンピースは腰にリボンが巻かれたノースリーブタイプだが、レース編みされた薄手のカーディガンがセットになっているもので、ミディ丈のため可愛らしさがありつつも上品さを残していてひと目で気に入った一着だ。アンジュやクレナも似合うと言ってくれて、とても嬉しくて。
しかし、この天気では外を歩くのも大変だろう。まだ慣れない街並みを、シンと一緒に歩けると思っていたのに。
昨夜までの浮かれた気分はしおしおと萎んでしまって、まるで雨に打たれた花のようだ。
天気はコントロールできるものでもないし、あまりへこんでいても仕方がない。出掛けるのは午後からだし、ひとまず起きて朝食を食べよう。
思って、レーナはベッドから起き上がった。
***
「レーナ、午後の件ですが」
六人とフレデリカと朝食を食べ終えて、ひと息吐こうとシンと二人でコーヒーと紅茶を飲んでいたときだった。
共有で使っていいと置かれているタブレット端末の画面をこちらに向けて、シンが口を開く。
「首都内を回る観光客向けのバスがあるそうです。気になったところがあれば途中で降りられるようなので、乗ってみますか?」
画面に表示された説明を覗き込むと、バスにガイドが乗っていて、あちこちを巡りながらガイド案内をしてもらえるらしい。最後まで乗っていてもいいし、途中下車をしてもいいと。
なるほどたしかに、これなら雨に濡れずあちこちを回りながら楽しめる。それにもし今日行かなくても、気になった場所は後日ゆっくり見てもいいのだし。
……それから、新しいワンピースも着られる。
レーナは銀瞳を輝かせ、雨雲も吹き飛ばすような勢いで頷いた。
「ええ……! ぜひ乗ってみたいです!」
きっと色々考えてくれたのだろう。
良かった、と柔らかく笑う血赤の双眸がそこにあって。
その優しさが嬉しくて、レーナは花が綻んだように笑った。
end
2024.03.29 初出