喜びと祝福と幸福の花束

「今年もありがとうございます、シン」
 渡した薔薇の花束を抱えて幸福そうな笑みを浮かべるレーナに、シンも自然と頬が緩んだ。
 レーナと恋人という関係になってから、シンはバレンタインになると毎年薔薇の花束を贈っている。
 再会前は、元スピアヘッド戦隊全員から五色の薔薇を贈った。それをハーバリウムにして執務机に飾っていてくれたレーナだったが、さすがに数年経って劣化したらしい。今置かれているのは昨年贈った薔薇のハーバリウムだが、シンは目に留める度に昔のことを少し思い返す。
 いつの間にか心の中にいて、きっと、八六区にいた頃から顔も知らない彼女に好意はあった。けれど自覚するにはあまりに遠くて、何も知らなくて、失ったものも多くて。手を伸ばすことさえ思い至らなくて。
 だから今、こうして一緒にいられることが――この先も一緒にいられることが、幸福だとシンは思う。
 五本の赤い薔薇に、レーナがそっと顔を寄せる。くんくんと鼻を微かに震わせて、それからふっと肩の力を抜いた。
「いい香り……」
「良かった。けど、毎年ハーバリウムにするのも大変じゃないか?」
「いいんです。せっかくシンがくれたものですし、少しでも長く手元に置きたいですから。それに作るのも楽しいですし、毎年少しずつ上達してるんですよ?」
 とはいえ年に一度しか作らないため、毎回ペルシュマン少尉にも手伝ってもらっていることはなんとなく知っているが、それは口にしない。レーナの気持ちだけでも嬉しいから。
 ……それに、この件で揶揄うといつも以上に拗ねそうな気がする。
 吹き出しそうになるのを堪えていると、ふと、レーナが一歩シンに近寄った。
「シン、少し屈んでください」
「ん」
 毎年のことだ。何をしようとしているのか察したシンは、言われた通りに膝を曲げレーナの身長に合わせる。
 眼前に迫る白銀の双眸と、同じ色の長い睫毛。それをじっと見つめていると、レーナはむっと唇を尖らせた。分かっているなら早く、と視線で訴えられて、シンは小さく笑みを零しながら瞼を閉じる。
 ふわりと、降ってきたのはすみれの香り。
 額と、頬と、最後に唇へ。
 やさしい触れ合いに胸の裡が温かくなる。同時に、そわりと疼くような感覚が湧いたのは仕方がないだろう。
 離れていく気配がして、シンは閉じていた目を開く。それから華奢な腰に手を伸ばして、くいっと引き寄せた。
「ひゃっ!?」
 お返しをするように、小さな悲鳴ごと口づける。何度か啄んで、覗き込んだかんばせは真っ赤になっていて、愛おしさにシンは真紅の瞳を細めた。
「ありがとう、レーナ」
 出会ってくれて。
 傍にいてくれて。

end
2024.02.21 初出